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ミウラは部品の塊ではなく生きものだ。

皆さん おはようございます。

今年もお盆の季節になりました。
道路の混雑には本当にうんざりしますよね。
半面、都心はかなり空いています。

前回も言いましたが、
ミウラが産声を上げた1970年当時と現在を比べると、遥かに環境が悪い。
なので私が初ドライブを経験した1975年頃は、まだマシだったのかもしれません。

ミウラはその頃のスポーツカーと比べても、かなりレーシングカーに近い
「ワイルドな運転操作」を要求される車でした。
ブレーキもノンサーボで、軽く踏めば効くような代物ではないし、
シフトギヤーもストロークが大きく、フェラーリの様な、
指一本でエンゲージするような代物ではありません。
アクセレーターもオルガンタイプで、かなり大きなストローク幅があります。
こういった要因が、この車がサーキットレースとかジムカーナなどの
競技には向かず、成績を残せなかった原因です。

私はシーサイドに入る前は学生でしたが、
工科系の学校で、しかも専攻は原動機工学。
構造的な知識は、かなりありました。
もう一つは、16歳から運転をはじめた「オートバイク」
18歳の時には大型の500cc以上の排気量を持つバイクを乗り回しておりました。

記憶に残っているのは、
「カワサキ マッハ3」
このバイクは2サイクルエンジンの3気筒で500cc
4サイクルと違い、3000回転まではトルクが無いのですが、
40000回転を超すと突然、目覚めた牛のように突進します。
後ろにもくもくと白い煙幕のような排気をまき散らしながら。
今でも機会があれば欲しいバイクです。
その時の加速を体感しているので、4輪のスポーツカーの加速には
全然驚きませんでした。
唯一の例外が"フェラーリ F40"です。

私は東京への試運転の為、
ノーズを会社から北へ向けてアクセルを踏み込みました。
派手な排気音を上げ、ミウラは加速します。
1速はとりあえず5000回転でシフトアップ
フロントウィンドウから見える景色は視点が低いため、
トラックなどの後ろにつくと、視界が遮られて前が全然見えません。
この時は、首都高速を東京方面に走らせたので
私はできるだけ前の車の後ろには付かないように
車線変更を繰り返しました。
そうしているうちに、だんだんとミウラのステアリングの応答の悪い事
ブレーキの利きが悪い事
シャシーの剛性が低い事などの欠点が見え始めました。

そんな中、良かった点はエンジンのレスポンス
一言で言えば吹き上がりが軽くパワフルでした。
まるでバイクのエンジンのように。
しかも5000回転を超してもストレスを見せず、もっと上まで回りたがる様子。
事実、ミウラのタコメーターにはレブリミットを示すイエロー、レッドの指示は有りません。
ただし、加速してスピードが上がるにつれ、車全体の挙動に不安が表れ
私は100キロ以上のスピードを出す気には、なりませんでした。

唯一そのイメージを覆してくれたのは、
シーサイドがドイツの代理店 ハーバートハーンから入れた「イオタ」
この車は後期の SV をベースにボディをリメイクして、
カフェレーサー風? に仕上げた車でした。
エンジンは特に手を入れた感じはなくノーマルでしたが
マフラーがストレート!!
ブリッピングするとかなりな騒音?
私が試運転で会社前の一号国道をスタートして、4つ目の信号のあたりまで
そのサウンド?が聞こえていたという逸話が残ります。

感心したのがサスペンションの良さ。
当時高速の試運転は近くの第三京浜と決めていましたが、
(3車線あり、交通量もそう多くは無いから)
私を乗せたイオタは港北インターまでの緩い下り坂で、
簡単に200キロを超え、しかも今まで乗ったどのミウラよりも安定していたのです。
工場に戻り、サスペンションを見ましたが特別なチューンの様子は
ありませんでした。
今思えば、この車は走行距離が少なく(5000キロくらい)
いわゆる「ガタ」がきていない状態だったと思います。
特にミウラはフレームが弱く、時間と共に剛性が下がります。
そういうところも、ミウラのレストアが難しい一つの要因です。

このブルーが日本に来た時の色
IMAG0651_2019081212345937f.jpg
その後、このイオタは全塗装することになる。
特別塗装が悪いわけでは無かったが、むしろ綺麗だったが
このオレンジに私が色を決めて全塗装した。
理由は私が販売した神戸のお客さんに色を変えてくれと言われた為。
赤は普通過ぎると思いオレンジにした。
リベットも全部打ち直した。
まだ神戸にあるらしい。
消息を知っている人がいたら知らせて下さい。
当時ローダーがまだなく、私が運転して3回横浜と神戸を往復した。
徳間音工で、この車のスーパーカーレコードも作った。
勿論ドライバーは私。
最後にLPまで作ったが、残念なことに手元には一枚も残っていない。
IMAG0664_20190812134735457.jpg

お知らせ
私は今週15日(木)~翌週21日(水)まで、
毎年恒例のモントレー ウィークに出向きます。
会社はスタッフが交代で出ていますので、通常営業です。


ミウラの初ドライブその2

皆さんおはようございます。

毎日暑い日が続きますね。
このセリフもいい加減聞き飽きました。
幸い日本は四季が回る国だから「秋の到来」を待つしかありません。
間違いなくこのミウラが産まれた、1970年、今から50年前と
現在とでは、地球の平均気温も違うだろうし、何より
自動車の絶対数が違います。
それはこのグラフをみればすぐわかります。
1970~2019 -1
1970年ころに、この日本での登録台数が約500万台、
2013年には4000万台 
8倍も増えたという事。
別に道路の幅が8倍になったわけでは無いから
それだけ交通量が増えたという事。
しかも昨今の温暖化と、夏場の空調設備の熱量の排出のせいで
8月の平均気温はさらに上がっているのは間違いないでしょう。
という事は?
1970年産まれのミウラを現在の環境で走らせるのは
8倍ものストレスがかかるということ。
まあ、地方都市ならまだそれほどでは無いかもしれません。
ところが当社のお客は都市部に多い
特に東京の場合、夏場は最悪。
澁谷にガレージがあるお客の家に行く場合、
横浜から第三京浜で世田谷に出て、目黒通りを走ります。
高速はまだよいのですが、一般道に出たら
水温計はどんどん上がり、100度近くになります。
高性能のラジエターファンをつけてもです。
勿論、その前にラジエター本体のオーバーホール、
ウオーターポンプの内部の掃除、ベアリングの交換など
確実に必要です。
エンジンも勿論ですが、人間のほうも当然ヒートアップします。
何しろ今では軽自動車でも当たり前のように付いている「クーラー」
エアコンではなく、クーラーです。
これが無いのです。
ごく少数、オリジナルクーラー付きのミウラも存在しました。
現在当社でレストア中のミウラにもついています。
けれどこれがまるで実用には向かない。
最大の理由はクーラーガスを冷やすコンデンサーが
エンジンの真横に付き、しかも子供だましのような小ささ。
私の45年のキャリアでもクーラーが効いたミウラは記憶にありません。
だから汗だくだく!
濡らしたタオルは必需品です。
だったらローダを使えば良いのでは?
よくそう聞かれます。
けれど私は極力「安易な手段」は使いたく無いのです。
どんな状況、どんなな所でもまともに走ることが出来るビンテージスポーツ
これが私の拘割りであり、プライドです。
ミウラにはもう一つ気を付けないといけないことがあえいます。
それはエンジンからの出火です。
「ミウラは燃える車」
このワードを皆さんは一度は耳にしたでしょう。
これは事実です。
けれどこれを防ぐ方法があるのも事実です。

CIMG1308111.jpg


次回お話しします。

ミウラの初ドライブ

皆さん おはようございます。

キャステルで販売するビンテージスポーツカーの中でも
ミウラは、かなり難しい部類の一台になります。
運転はもちろん、整備やレストアに関してもかなり面倒な車。
しかし1960年代の後半、世界に先駆けて量産ミッドシップエンジンを
積む車として開発し、とにもかくにも750台も作られた。
その努力は尊敬に値します。

この車の魅力を上げればキリがありませんが、
まず第一に動力的な魅力。
簡単に言えばエンジンのパフォーマンスです。
ただ今どきのコンピュータエンジンとは訳が違い
性能を十分発揮させるには相当の度胸と運転スキル、また慣れが必要です。
私は今までこの仕事に携わってきた45年の間に大体50台位は運転してきました。
その中で感じたことは、これほど個体差がある車も珍しいなと。
ディノもそうですが、やはりこの年代の場合、
エンジンの心臓部である、クランクシャフトとかカムシャフトなどの
真円度、バランス取りなど、わずかではありますが誤差があった様です。
当時、測定するにおいてもコンピュターなど無い時代です。
だから、あとは調子の良いエンジンに当たったオーナーはラッキー
そうでない人はアンラッキー そういうことです。
勿論私の場合、50台もの経験があるわけだから、
個体差は当然わかります。
ですので、キャステルで販売するミウラは確実にトップレベルだと自信を持って言えます。
そうでなければ私の経験の意味が無いと思います。

ではファーストインプレッション。
ようやくミウラを走らせることを許可され、簡単なレクチャーを受けて
シートに滑りこみました。
シートは完全なバケットの一体式でリクライニングなどは一切しません。
前後のスライドのみです。
まず私はブレーキ、クラッチのペダルを踏んでみました、
通常の吊り下げタイプではなく、床に支持点がある「オルガンタイプ」です。
しかもかなりの大きなストローク。
私は身長172センチですが、足をペダルの踏み代に合わせると
ステアリングまでの腕の長さが結構遠い、
シートは角度は調節できないので、昔のレーシングカーみたいな
ストレートハンドル。
これには少し戸惑いました。
例えば細かいカーブが続くようなワインディングロードでは、
当然ステアリングに的確な指示を与えることが必要です。
ところがミウラの場合、ステアリングに腕を近づけようとすると
今度は足がペダルに近くなりすぎて「ガニ股スタイル」になる。
それがこの車の運転が難しい、一つの要因です。
今の車と違い、このころの車は両手、両足をコントロールすることが必要
その時、ミウラのような速い車で運転操作に一体感が無いのはかなり怖い、
そう感じるのが普通です。

次に教わったように、事前にアクセルを数回ストロークして(かなり重い)
セルを回します。
するとエンジンは意外とあっさりかかりました。
けれど消音機つまりマフラーはめちゃ小さなものしかついておりません。
ちなみに「イオタ」はタコ足から完全にストレートでした。
なので、ブリッピングをくれてやるとかなり大きなサウンド。
静かな住宅街では目立ちすぎ
幸いシーサイドは国道沿いにお店があったので、しばらく暖気をしました。
エンジンが少し温まったので、私はシフトを1速に入れてみました。
ストロークが大きく、かなり反力も強めです。
ここらもフェラーリの繊細さとは異なります。
私はエンジン音に気後れしないように、アクセルを踏み
クラッチを戻しました。
ようやくスタートです。

当時のシーサイドのショールーム
この沼津ナンバーのミウラも私が販売した。
オーナーはまだ若い子で足で乗っていた。
seasid-bill7.jpg

この一台しか無いミウラのルーフカットした車は、
一時日本に存在し、私もドライブさせてもらった。
その頃は、グリーンのメタリックだった。
P400がベース
miua open roof

続く

日本のランボルギーニの歴史

皆さん おはようございます。
ようやく長梅雨が明けたと思ったら、
今度はジリジリ蒸し暑い日が続いて、道を歩くのも苦痛です。
かといって、車でエアコンをガンガン効かせ、車内は涼しいが
その分、熱を屋外に放出していると思うと、ビルの屋外機同様、
確実に都会の温度を上げる要因になっていると思われます。

私が中学生の頃(1960年代)、 
まだ自家用車自体が普及しておらず、
庶民が買えるのは、トヨタで言えばカローラ、日産で言えばサニーでした。
両者とも安くする為かシンプルな作りで、
特にクーラー(エアコンではなく)、またパワーウィンドウ、パワーステアリング
はついておりませんでした。
でも普通のサラリーマンの家族にとっては、一家4人乗れて楽しいドライブが出来る
それだけで十分でした。
今は軽自動車にまでその全てがついている訳ですが、
それが人間の進歩?豊かさに繋がるものでしょうか?

話は変わります。
日本が戦後、国民 皆平民? を明言したのに対し(占領国アメリカの影響で)
ヨーロッパでは生まれ育ちの違い、貴族と平民の差など
簡単に言えば、貧富の差が戦後も続いています。
イタリアでは平民は足車として フィアットに乗り、
小金持ちが、アルファロメオ、ランチャとしたら、
そのまた大金持ちは、隣のドイツから運んだベンツに乗るという風。
だからスポーツカーというのは、庶民には手が届かない、かなり贅沢な乗り物。
アルファの少し安いスポーツカーならまだしも、ポルシェには手が届かない。
だから1960年代のフェラーリ、マセラーティ、ランボルギーニ
などは超が付くほどの高級車でした。

ちなみに日本で最初にランボルギーニを販売したのは、
当時ポルシェの代理店であった、「ミツワ自動車」
ただその数は少なく、400GTとミウラの2台。
ミウラがイタリアで発売されたのは1969年からなので
並行輸入で5台ほどのミウラは1970年には日本に存在していました。
1972年の1月号の「カーグラフィック」に
フェラーリのデイトナ(シーサイドが輸入した) ミツワが輸入したミウラ
マセラーティの ギブリ (個人オーダーした車)
其の3台の詳しいインプレッションが出ています。

ランボルギーニが1967年のトリノショーに出した、ミウラの原型となる
オリジナル シャシー
これが予想外の反響を呼び、理由は生産型として世界初のミッドシップに
12気筒エンジンを搭載したため。
ただし、この時点ではボディの構想はまだ未完成だった。
なので、提携先のベルトーネのチーフデザイナーであるガンディーニを急遽呼び寄せ
スタイルを完成させたと言われている。
ただし、はじめにフレームありきだったので、
ドライバーのポジションは、かなり寝そべった姿勢、
手がハンドルまで遠く、逆に足はガニ股スタイルにしないと運転できない姿勢になった。
おまけにルーフが低いので、身長175センチ以上は頭を天井にこする事になる。
miura bear siyasi-1

これは当社で今まで5台以上レストアしてきたミウラの様子。
この車はカウルの立て付けの調整もそうだが、フレーム部分の作りがかなり複雑で
そこの修正に手間がかかる。
なので裸にしたシャシー部分を裏返すことで作業をしないといけない。
miura restless-2019-1

私がシーサイドに入社したのは 1974年の4月。
新社屋のビル工事のため、仮事務所の駐車場に
そいつはかなりの轟音と共に入ってきました。
その時、私は事務所の2階にいたので、驚いて窓から見下ろすと
普通の車を上からプレスしたみたいにぺったんこのやたら低い車に見えました。
それが私とミウラとの初めての出会い。
今から45年前の事です。

でも実際にミウラに乗るには、もう少し時間が必要でした。
その年の9月にビルが完成し、私はいよいよ営業として
「カッコよく」 仕事ができるかと思いきや、
上司から言われたのは、2階に出来た工場で部品管理をやれと。
航空高専の原動機工学科を「一応出ているので」素質があると思われたのでしょう。
私は仕方なく翌年の4月まで、作業服を着てメカたちと時間を過ごしました。
なので、車には触れても乗ることは出来なかったのです。
その間も何かと下の綺麗なショールームに降りては、
その時は雲の上の存在だった営業課長や社長などに
なんとか下働きでよいから降ろしてくれと頼んでおりました。

ようやくその熱意が通じたのか、1975年の4月に営業見習いとして下に降りると、
私は期待に胸を膨らませて毎日着慣れないスーツにネクタイ姿で出社しました。
けれど当たり前ですが、非常に高額な車です。
ですので最初のミウラのドライブは、その年の暮れも迫った頃でした。
その間に、私はかかってくる電話を片っ端から取り、たまにある問い合わせの
電話を逃さないようにして、暮れまでに数台の販売実績をあげていました。
ウラッコ、マセラーティのインディ、ボーラなどです。
そうしてようやく ミウラの問い合わせを取り、
東京に試運転に行くことになりました。

続きは次回。


顔は人の心を映す鏡


皆さん おはようございます。

先週までの梅雨空がうっとおしいと思っていたら、
一転、強い日差しの酷暑。
どちらも無い物ねだりでつらいよね。

季節は必ず回るから(日本の場合)良しとしても、
人の顔は生まれてから老いて死んで行くまでの道のりで
どんどん変化していく。
つまり、その人の人生を映す鏡みたいなもの。

私は機会あるごとに顔写真を出す。このHPでも広告でも。
何故かというと、商店でも会社でも実際に其処にいるのは生身の人間。
だったらどんな奴が経営しているのか、どんなポリシーを持っているのか?
知りたいのは当然じゃない?
だから私はリーダーなら、より一層、表に出て顔をさらし
批判が有れば批判を受け、評価されるなら、それを甘んじて受ける。
そういう能動の姿勢が大切だと思う。
日産の会長「カルロス ゴーン」みたいな表の顔と裏の顔を
使い分けている奴もいるわけだし。

最近驚いたのは、日産の営業利益が前年度と比較して
90%以上ダウンしたこと。
2~3割ならまだ解るが、9割以上ダウンするのは完全に経営ミス。
ゴーンがいなくなったから売り上げが落ちた?
それとこれとは無関係。
厳しい競争に着いていけなったのが最大の理由だろう。

顔の話に戻る。
最近の車屋は、綺麗なショールーム、或るいは店構えからして全然人の顔が見えない。
むしろ、それを表に出して経営者は裏に隠れている気がする。
当然、其処にいる営業マンだか社長だかの知性もだ。
私的な感覚では、100万そこらの車を売るんなら、
そこらのアンちゃんでもいいかもしれないが、
数百万、数千万の車を売るのであれば、 その金額に動じないくらいの人生経験、
また、その高価な車に負けないくらいの人間性、それが必要だと思う。

私は今まで34年間車屋をやってきて、いろんな経験を積んできた。日本のみならず海外でもだ。
初めて入ったシーサイドの倒産にも立ち会ったし、その後のバブルの崩壊も目の当たりにした。
その実に多様な経験があるからこそ今があると思っている。

つまり 車の事でもアニキのような存在、
また人生でもアニキのような立場でアドバイスが出来ればと思っている。
その一歩として、顔写真を出すことで役に立てればと言う考えだ。

また其のことが、私の目指すライフワークに繋がる。



プロフィール

Castelauto

Author:Castelauto
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