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過去から学ぶこと。

皆さんおはようございます。

10年ひと昔とよく言いますが、最近の10年と言う時間の重さ、また変化の度合いは
正に加速的。
昭和の始めが路面電車とすれば、今は新幹線のスピードです。
時速30キロほどでゆっくりと走る路面電車は、最近はよほどの地方に行かなければ
見れなくなってしまいました。
かつては横浜にも市民の足として走っていたのですが。
そんな時代に我々は嫌でも適応を迫られます。

振り返れば私の40数年に及ぶ車屋稼業の中にも、その時代を感じる
幾多の出来事が有りました。
このブログみたいな私の書き物も約10年位前から続けていますが
今日はその中で印象に残る話を再登場させようと思います。
1回目は、俳優「和田 浩治」さん
この方との出会い、そして別れは今でも鮮明に覚えています。
それだけ印象が強い人だったと言う事でしょう。
それでは今から8年前の記述をご覧ください。

2010年5月19日 人生と時間

人は誰でも母親の胎内から生まれて生を受け、そして必ず最後は死ぬ。
これは例え、何処の国の王様でも最高の権力者でも避けて通る事は出来ない人間の宿命だ。

長い人で80~90年の歳月を生きる
短かければ40代で亡くなる人もいる。

昔私がシーサイドが潰れ、細々とブローカーを始めた頃 (1980年初頭)
数少ないお客様の中でも私を可愛がって頂いていた、和田さんと言う人がいた。

このあいだテレビを眺めていたら、その和田さんが出ていた懐かしい番組をやっていた。
初代の 東野栄治さんが主役を勤める 水戸黄門。
だから30年くらいは前の放送だ。

そう、和田さんは和田浩治と言い日活のニューフェイスで俳優の道に入った男前だったのだ。
そのころ、私は30歳くらい、和田さんは40の手前くらいだった。
彼はシーサイドの時からポルシェを乗り継ぎ、当時まだ珍しかった
ディノ 246GTを購入し、乗り回していた。
当時の生写真で 黄色で下が黒のツートン その黒い部分に
FERRARI DINO 246GT と切り抜いた写真をまだ持っている人もいるだろう。

そして1978年頃、つまりシーサイドが潰れる2年前くらいに
マセラーティーの BORA (ボーラ)を新車で購入した。

ボディカラーは 濃いグリーンメタリック。
それで 六本木などを走り回っていたわけだ。

当時ボクシングの世界チャンピオンになったばかりの、ガッツ石松さんを
紹介してもらったのも彼だった。
ガッツさんにはランボルギーニ エスパーダを無理矢理買ってもらった。
勿論 和田さんの勧めで。3ヵ月後には戻されたが。

当時彼は若手俳優として順風漫歩、銀座ナンバーワンホステスとして名を馳せた
クラブ順子の順子ママと結婚もし、
公私ともどもいう事も無い人生を歩んでいた。

ところが好事魔多しという。
病魔が彼を襲ったのだ。胃がんだった。
勿論ありとあらゆる治療を受け、最後jは祈祷までしたが
手遅れだった。

そんなある日、和田さんから一本の電話があった。
自分の所有している車を処分したいから家に来てくれと。

世田谷の瀟洒な家に行くと和田さんは笑顔で迎えてくれた。
そのころ彼は 512BBのケーニッヒ仕様、それとベンツのSLを持っていた。
その2台を私に任せるから売って欲しいと言う。

元気だった頃に比べると頬もこけ痩せてはいたが、眼だけは力強かったのを今でも覚えている。

その愛車たちを私が処分して半年後に和田さんは亡くなった。
つまり死期を悟ったということだ。
享年42歳だった。

これを見ていただいている方も 40代の人が大勢いるだろう。
勿論、みんなが皆40代で死ぬわけではない。
だが、病気でなくても、交通事故で死ぬかも知れないし
人生は予測不可能だ。

ならばどうすれば良い?

今の元気なうちにやりたい事をやって買いたいものを買えばよい。。
これが原点だ。

このあいだ、10年前から ミウラSVが欲しいから貯金をしているという人から電話があった。
当時は SVでも 4000万円しないくらい。
ところが今は その2倍の8000万だ。

つまり世の中は非情だし、人生も非情だ。
自分の願いを聞いてくれて待ってくれるほど世の中は甘くない。

だからこそ、先に行動を起こし、自分自身にチャレンジするのだ。
最近、顔が後を向いている、そんな人が多い。
ここでしっかりと気合を入れなおそうではないか!!

いつもの標語、人生一度きり 若いときは2度と無い。





この時からわずか8年後の 現在2018年。
ミウラはそれこそ加速的に値を上げ、
ミウラ SVでは 約2億3000~5000万の値がついている。
しかし最近話題になった、バスキアの絵画。
例のZOZOタウンの社長が100億以上で買った奴だが、
それと比べたら確かにSVで 150台は存在するから微妙だが
それでもまだ安い気がする。

何故ならミウラと言う車、
これは人類の世界遺産に匹敵するくらいの価値があるからだ。
過去を振り返り、感傷にひたっていても進歩は無い
やはり我々は進化する時代に取り残されないよう、日々努力するしかないのだろう。

幸い現在キャステルには「お金を積めば買える」
最高、最上のミウラSVがある。
度量のある人がいるなら、迷わず買いにきてくれ。
あの時の記述でも書いたが、
人生は一度きり、永遠は神様でもない限り無理と言う事。
正しい答えは常に一つだけだ。

問い合わせは
045-663-4660 フロント しのもとまで。








スポーツカーとは非日常を味わう道具

皆さんおはようございます。

私はスポーツカーを専門に取り扱う仕事に1974年以来
44年間従事してきた。
その間ありとあらゆる種類のスポーツカーに接してきたが
印象に残る車はと問われ、その答えを一言でと言えば
「死の恐怖を味わわせてくれる車」
と言うと、大概の方は
なんで車に乗って怖いめにあわないといけないんだ?
あるいは、そんな車には乗りたくない。
安全が第一だ。
それが一般的な回答
しかし、世の中死の恐怖とまでいかなくても、
その一歩手前の「スリル」を味わいたいという人は大勢いる。
その典型がジェットコースターであり、バンジージャンプなど、、、

では何故?
人は死と隣り合わせ、あるいは死の恐怖を味わったとき
初めて生を感じるから。
言葉で言えば、生きててよかった
生前私の父親が、中国戦線で敵と戦っていた時
凄惨な打ち合いをしていると、恐怖心がすっと抜ける瞬間があったと
述べていた。
つまり死の恐怖を乗り越えた瞬間があったわけだ。

幸い我々はこの平和な日本国に産まれ、生活し、
普通の生活の中で「死の恐怖」を味わう事はまずない
けれど、ぬるま湯のような日常では生きていることへの感謝の気持ちが
なかなか持てないだろう。

そこで今回の主題の「スポーツカー」の登場となる。
それも電子デバイスや、ハイテクに守られた「行き過ぎスポーツカー」
ではなく、非常にシンプル、しかも超ハイパワーな車だ。
それが私の大好きな フォードGT40
この車のオリジナルは1965年から数年に渡り、
「ルマン24時間レース」を席巻したレースカーだ。
時々オークションで見かける本物はボディがファイバーで薄く作られ
押せばへこむくらいのペラペラ。
但し評価は高く、レース歴にもよるが20億円以上はする。

代わって今当社にある、GT40、
こいつは50年以上も前に作られたオリジナルを
限りなく精密に再現したレプリカだ。
但しその拘りは約70%が当時のオリジナルと共通の部品を使用するという
徹底ぶり。
ボディはオリジナルと同じく、グラスファイバー製だが
非常に頑丈に作られ、手触りは金属の様
エンジンはアメリカのナスカーと呼ばれるオーバルコースを主戦場に行われる
レース用のエンジンのデチューン判
500馬力を発生する
しっかりとしたモノコック性のシャシーに載せられたボディは
たった1000キロ
しかしこの重さの中に現代版のクーラーがセットされている。
足回りは完全なレース仕様のピロボール。

そう書いてくるとこの車は街中では無理じゃない?
と言われるだろう。
ところが実際はそうではない。
私は以前、原宿の裏の通りにある美容院オーナーのリクエストで
横浜から走らせたことがある。
勿論注目度は抜群だったが、車は全然問題なし
7月の暑い日だったがクーラーをかけて水温もアルミラジエターのおかげか
全く問題なし。
よくできた車だと実感した。
但し、クラッチは重いし、排気音は相当に大きい
けれど、3000回転を超えたあたりから、この車の本性が出る
正に強烈な加速感。
1000キロのボディに500馬力あれば速いのは当たり前
そこで先程の「死の恐怖」の話になる
速い車には慣れている私でも2速、3速でフルスロットルした時の
加速感、その排気音、
ひとことで言えば、異次元だ。
けれど、現代のスーパーマシーンとは真逆
比べるなら、新幹線で250キロ、そのスピード感を
このアナログのGT40は、わずか100キロで味わわせてくれる。
だから逆に安全ということ。
この車で空いている首都高、あるいは峠道
そこらを1時間いや30分も走れば、貴方は正に生きている実感
スポーツカーとはこうあるべき、それを肌で耳で体感するだろう。

私は誇大なセールストークは嫌いだ。
実体験、ウエルカムだ。
045-663-4660
フロント しのもとまで。

これがオリジナルのGT40 アメリカ人のプライドだ。
それまでフェラーリ、ポルシエの独壇場だった ルマン24時間を
フォードが初めてトップの座を奪い取った記念すべきレースカー
DSCN0871.jpg
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当社にあるGT40は シャシー、ボディを南アフリカのヨハネスブルグで作り
船でニューヨークまで運ぶ、其処からトラックでロサンゼルに回送し
そこでエンジンを載せ、最終組み立てをするわけ、
つまり日本に来るまで地球半周以上を回る。
画像は南アフリカの組み立て工場
GT40-2015-9.jpg
完成した車両を、ロサンゼルで撮影
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最後に日本に運ぶ前にLAで撮影した動画をご覧ください。


フェラーリ 512BB インジェクション

皆さんおはようございます。

ご存知のようにBBシリーズは、365BBから始まり次に512キャブレター
最後のモデルが 512インジエクションとなります。
今日は、最後のモデル512インジェクションのお話です。
365BBは日本一号車が1975年に入荷、
512キャブは 1978年に入荷
インジエクションは 1980年が最初です。
私はシーサイドが存在した、1980年までの間で
365と512キャブは両方新車で接しました。
1980年以降のインジエクションは「さすらいのブローカー」として。
世の中広しと言えど全部のBBの新車に携わった男は私のみでしょう。
なのでそれぞれの欠点も利点も良く知るわけです。

その意味でBBインジエクションはもっと高い評価がついても良い車。
そう思います。
まずデザインが良い。
また最後のハンドメイドのフェラーリでもあります。
正直これの次のモデル、「テスタロッサ」を見た時
私はがっかりしました。
特にフロント廻りのデザイン。
理由は解るのですが、サイドラジエターにしたために、伝統のフロントグリルが
ダミーに成り、安っぽい。
ワイドトレッドにしたため、ボディの幅がかなり開いて
繊細さが無くなった、など。
時代の流れはアメリカ市場を意識して、車体の巨大化に進のですが
8気筒でさえも、モデナ以降
やはりスポーツカーは小型の方が良いと思います。

パフォーマンスについては言うことはありまあせん。
その滑らかな加速は一度味わえば虜になるくらい。
現在キャステルで所有している512インジェクションはフルに
レストアした個体です。
是非、ファイルをご覧ください
世界でもナンバーワンのBBと断言します。
この車両のお問い合わせは
045-663-4660
フロント しのもとまで。

フェラーリ 365GT/BB

皆さんおはようございます。

365BB connu-1
365BB connu-5
365BB connu-6
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365BB connu-8


この通称 365BBについては今までもさんざん語り尽くしてきましたが
結論から言えば、言葉で語れる情報には限りがあると言う事。
やはり一番良いのは、実際に自分でアクセルを踏み込み
自分でその加速を感じる事。
ただ残念な事に、この車は1975年を最後に生産が終了し
既に43年間も時間が過ぎた「ビンテージカー」であること
しかもその市場評価は年々上がり、現在は5000万以上
そうなると誰でも簡単には手に入れる、あるいは隣でも良いから走る車に乗る
これが難しくなる。

しかも40年も時間が経てば、それぞれの個体差が開いていくのは当たり前
フェラーリのフラッシップだからいつまでも状態が良いと言うのはただの希望
現実には金属でできているボディ、
フロントカウル、リヤーカウル、ドアーパネルはアルミ製
センターセクションはスチール
この画像の色で分かるよね
365BB connu-10

どちらも保管が悪ければ腐る
屋内はシート、ドアパネル、ダッシュボードはレザー
ところがレザー、つまり牛皮は天然の物
なのでこれも手入れ、保管が悪ければ、必ずくたびれる。
重たい人間の重量を支えるシートは当然革は伸び、中のウレタンはボロボロになってくる。

また肝心のエンジンもしかり
走行距離にもよるが大体5万キロを境にエンジンにも疲れが見えてくる。
コンプレッションの低下、ピストンリングの摩耗による排気ガスからのオイル漏れ
動力を伝えるミッションも必ず摩耗する
人間で言えば脚に当たるサスペンションもしかり

私の感覚では新車から特に大きな手入れをしなくてもすむ期間
これは約20年
つまり1988年以前の車は何かしら修理が必要になると言う事。
フェラーリで言えば、328GTBの頃だね。
12気筒で言えば テスタロッサか。
これらを値段が安いと考えて手を出すのはかなりのリスクがある。
理由は上に述べた通り。

さて今日の本題 365BB
私は日本一号車の個体からその後中古車もいれて
約35台は見て、走らせてきた。
つまり良い所も悪い所も全て知るマイスター
そこで今回は簡単に◎と×を説明しよう。

◎は
1、車体が軽い 何と比べて?次の512BBとの比較
2、エンジンが高回転型、トルクカーブの山が高い
比べて512BBはフラット
3、ボディデザインがシャープ フロントはボートノーズと言い余計なスポイラーが無い
4、リヤーのテールレンズは伝統を継承し、片側丸目3灯

×は
1、最大の欠点がデフギヤーの改良が間にあわず、消耗が激しい事
最悪、デフのベベルギヤ―が割れたり、欠けてミッションケースにヒビが入る
5万キロ以上走行している36BBはそのリスクが必ずある。
と言う事は、今残っている365BB全てということ。
確率は5台に一台、20パーセント。
悪いことにそうなったときに換えの部品が無い、
512BBの部品が使える? それは間違い。
それを調べる方法、デフミッションのオイルを換えてそこに金属片が無いかどうか確かめる
少しでもそれがあったら「ヤバい」
貴方は20パーセントの確率で壊れる確率の車を黙って買いますか?
それを知らないで販売している車屋があるのも事実

では、キャステルの場合は?
在庫しているブルーの365BB
勿論 デフミッション そしてデフケースまでもつい最近新品に交換済み
それが専門店の良識と言うもの。

2、365BBは前後とも7.5Jホイールを履く、512はリヤーが9J
なので比べたらコーナリングがニュートラルに近く、繊細。

他に大きな欠点は無い。
この個体は、365BBの欠点である、クーラーも改良して非常に効く
365BB 2018-2
365BB 2018-1
365BB 2018-3
365BB 2018-4

いつでも試乗OK.
045-663-4660
フロントしのもとまで。

BB全モデルを新車で乗ったのは私だけだろう。

皆さんおはようございます。

ランボルギーニ社が、世界で初めての量産型12気筒ミットシップを
「ミウラ」に積み、世界をあっと言わせたのが1969年
その頃フェラーリ社は、まだフロントエンジンに拘り
最後のモデルとして、365GTB/4 ディトナを生産しておりました。
結局ディトナは1973年まで生産され、
ミッドシップと言う意味ではランボルに大きく後れを取ったのです。
そもそも何故ミッドシップにする理由があるのか?
直進状態ではあまり影響はありませんが、
コーナーを車が回ろうとしたとき、前輪、後輪それぞれに
異なる荷重がかかります。
理想は、4輪とも同じ負荷。
ところがフロントエンジンではどうしても前側に重量配分が大きくなり
前輪側にコーナーを回る時、荷重がかかります、
その結果アンダーステアが強くなる
その意味は荷重の軽い後輪が外側に流れやすくなる。
なので、それをコントロールするために、
カウンターステアを切ったり、後輪にパワーを入れてパワードリフトしたりと。
それらの欠点と言うか、特性を解消しようとする目的で考案されたのが
エンジンをなるたけ車体の中心部に置く、ミッドシップでした。
ポルシェの場合は皆さんご存知のように車軸よりも後ろにエンジンが載るから
「リヤーエンジン」

話しは戻りフェラーリ社それまでの伝統の有ったフロントエンジン12気筒を捨て
会社始まって以来の大改革をフラッグシップモデルで行う事になりました。
それが1973年に発表された 
365GT/4 BB
BBの意味は ベルリネッタ ボクサー
この ボクサーの名前のせいで、ボクシングの選手がお互いにパンチを出すシーン
それも水平にパンチを出す状態をイメージして「ボクサー」と名を打ったのでしょう。
確かに左右のピストンはそのように動きます。

それと今までのV型12気筒との違い、
これを話し出すと長くなるので今回は省略
その結果、
365BBを385台
512BB キャブレターを約900台
512BBインジエクションを 1000台と生産しました。
これ等は、同じように見えるけれどそれぞれはかなり違う個体です。

次回はこの違いについて解説します。

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Castelauto

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