LP400 COUNTACH の記憶

皆さんおはようございます。

早いものでLP400 カウンタックが日本に入ってから37年の月日が経つ。
幸い私は1号車から全部の新車をシーサイドに在籍していたので
見ることが出来た。
1号車は 黒メタ内装はタン
2号車は 黄色内装は黒
3号車は オレンジ内装は黒である。
1号車、2号車は 当時シーサイドのビップの顧客であった
安田銀二さんが買われた。
ラスベガスのアラジンホテルを買って、そこで人生を全うした方だ。

そして、3号車は私の当時のお客だった新宿でキャバレーをやっていた方に
ミウラSVを下取りで販売した。
ところが契約し、下取りのミウラも先に貰い、
なのに生産が遅れているとの理由でなかなか車が完成したという連絡が来ない。
特別色とかオーダーしていたわけではなかったのだが。

しばらくしてようやく1台、デリバリーが出来るとの連絡が入った。
そこで遅れて申し訳ないとの理由から当時としては珍しい航空機で運ぶことに
なったのだ。
イタリヤのミラノからだから、当然アリタリア航空だ。
まだ成田は無い時代。(1976年)
羽田に車は到着し、通関業者と共に私は引き取りに行った。
当時まだこの手の車は非常に珍しい時代だ。
保税倉庫にはたくさんの関係者が見に来ていたのを覚えている。

そこから首都高に乗り横浜に向かったのだが、
会社には直には戻らず、少し手前の東神奈川で降りて
近くの埠頭に行き、そこで撮影したのがこの写真だ。

IMAG0838.jpg


この時の撮影の意味は広報の目的もあったように覚えている。
当時、インターネットも何もない時代、
広告は車専門誌のみ、
シーサイドはカーグラフィックにモノクロで毎号2ページの
見開きの広告をだしていた。
それを作成する広告代理店にネガを提供する目的だ。

IMAG0837.jpg

お判りのようにドアーミラーは何も着いていない。
真っ新の新車にはこの当時ドアーミラーは、メーカーは着けなかったのだ。
理由は?
多分、面倒だったからだろう。
このLP400に似合うミラーを開発するとなると かなりの手間がかかる。

IMAG0840.jpg

既に営業の部門では頭角を現していた私は、整備に入って来た1号車も
何度か運転していたので、羽田から運ぶ時もさほどの緊張は無かった。
まだ新車ということもあり、エンジンも重く、加速もとろいという感じ。
運転席を撮影した画像があるが、積算系は250キロを指している。

IMAG0849.jpg

この2枚目の画像にステアリングに紐みたいのが着いているのが見えるが
これがデリバリーされた当時の新車には全部着いていた。
多分、識別のタグを着けていたのだと思う。
ダッシュボードの上に ルームミラーが転がっている
これはガラスの内側に両面テープのようなもので張り付けるのだが
よく剥がれて落ちた。

IMAG0853.jpg

IMAG0845.jpg

新車時のエンジンだ。

IMAG0846.jpg

この車はその後、4人のお客に私が順次売りつぎ、
現在はランアンドランの関口さんが所有している。
彼は偶然、私が出た葛飾の田舎の中学の後輩だ。
つまり私に縁があるのだろう。
この時からすでに37年の時が過ぎた。
50年後にはどうなっているのか?
是非見てみたいものだ。

初代のお客に売った時に下取りに貰った ミウラSV。
この車がその後悲劇を生んだのだが、その話はまた次回で。

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