私の初めて買った車。

皆さん、おはようございます。
いよいよ紅葉が真っ盛りで、横浜の山下公園の前の銀杏並木も
黄色の落ち葉が舞い落ちり、道路一面が黄色い絨毯を曳いたようです。

さて。再度のお願いをしておきます。
不動車、あるいは倉庫、ガレージに入れっぱなしの車が
有りましたら、是非お声をかけてください。
もう一度蘇らせるのが、当社の仕事です。
お電話は 045-663-4660 フロントしのもと まで。

本日は、私の自動車遍歴の記念すべき第一号車のお話です。
その名は、ホンダN360 
名前の通り、軽自動車です。
今は軽も600ccに排気量が上がりましたが、昔は360cc
比べれば、今のオートバイの排気量よりも小さいくらいです。
Honda N360


当時、ホンダは2輪のメーカーからの脱皮を図ろうとして
オートバイで培った技術で4輪車に進出しようとしていたわけです。
なので、エンジンは得意の空冷2気筒。
つまりオートバイのエンジンをそのまま流用したようなもの。
事実、べ-スエンジンは ホンダドリーム450という看板モデルから
流用し、その排気量を小さくした。
勿論、オートバイと違い、車体が有る分重量は重い。
なので、デチューンして低速粋を重視し、トルク重視するのが普通なのですが
最高出力を誇示する為、(他社の2ストロークエンジンは20馬力くらい)
31馬力を稼ぎだす為に、オートバイ並みの8500回転で最高馬力
3kgのトルクは5500回転 という仕様でした。

車重はわずか520kg 
1967年3月に発売が開始され、その低価格(31万円)と高性能を売りにして
爆発的な人気を得ました。

私が18歳になるやすぐに免許を取り(1969年) 学生の分際でオヤジに
車を買ってくれとせがみ、一人息子の特権?で
手に入れたのが、この車だったわけです。
ということは、発売開始から2年目がたったころ。
たしか中古屋で20万くらいだったと思います。
でもその頃の大卒初任給は5~6万程度
なので、今の物価換算で言うと3倍として60万くらいの中古車です。

前にも言いましたが、子供のころからのクルマ好き
屋根があってフロントガラスがあり、
窓を閉めれば部屋の様な空間になる、
私からすれば、その条件さえ満たしていれば
軽自動車であろうが全然問題無かったのです。

まず最初にドライブに行った場所は
週末の土曜日、仲間の友人たちと4人乗りで伊豆半島でした。
あの軽自動車に4人も乗ったら、チカラが無いのは明白でしたが
それよりもオートバイでは出来ない仲間とのドライブはとても楽しいものでした。
その頃は、1000cc以上の車、それもスポーツカータイプのモデルは
値段が高く、とても学生の分際で親にせがむような車ではありませんでした。

学校の近くの日産のディーラーでデビューしたばかりの
サニー クーペの発表会に出かけて行き、ヨダレを垂らすのが関の山でした。
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オヤジの取引先の工務店の社長が、日産のスカイラインGTに乗っていて
同乗させて貰ったとき、その内装の豪華さに憧れたものです。
またスカイラインはフロアシフトで、そのシフトパターンが格好よく
俺もいつかは手に入れたいと思いました。
Skyline2000gt-x.jpg

肝心のN360の話です。
初めの頃は夢中で転がしてはいましたが、
慣れてくると、エンジンの音のうるささや、力の無さ、
しかも当時よく言われた100キロも速度を出すと
直進が不安定になり、怖い思いをするなど
欠点が目に付き始めました。
つまりデートカーには不向きということです。
それでも1年は乗ったと思います。
そうこうしているうちに、近くのホンダディーラーで整備に入れていると
まもなく、新型のホンダ1300シリーズが発売されるというではないですか、
仕事帰りのオヤジを横に乗せて、私はショールームに出向きました。
時は 1970年私が19歳の頃です。

続きます。
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