日本人としての生き方その1

皆さんこんにちは.

我々動物は生を受けた時から死までのカウントダウンで生きている。
これはどんなに名家の生まれであろうが、長屋の生まれであろうが
アジアであろうが、ヨーロッパであろうが同じだ。
ところが世の中不公平なもので、
その生まれた場所、つまり国、その周辺の国の在りかたでその人間の
生きざまは180度変わってくる。

私たちのように平和な?日本に産まれ、ほぼ死ぬまで大きな災害には
会わない確率の高い国と
アラブ諸国、特にイラン、トルコなどイスラムの宗教戦争のような
地帯に生まれたのとでは、180度生活、というか生活するにあたっての
安全度が変わってくる。
今の日本では考えられ無い、自爆テロ
見方を変えれば戦時中の日本軍の特攻と似ている気もするが
自分たちのチカラを少しでも誇示する為には
自己犠牲も止むをえないと。
つまり目的の為の究極の生き様だ。

ならば同じ時空軸(世界的にみて)に生きている我々はどうなのか?
自分の命と引き換えにしても惜しくない何かを持っているのか?
あるいは目標があるのか?
それを考察しない限りイスラムの自爆テロを行う
最近は若い女性が多いらしいが
その人たちの生への拘り、あるいは死への覚悟など
判るわけは無い。

「他山の石」ということわざがある。
他人を見て、自分を見つめなおせという意味だろう。
我々はこのなんの変哲も、刺激も無い
日常に溺れて、物事を深く考察する意識が薄れているように思う。
毎日のニュースを飾るのは
東芝の粉飾決算であったり、国立競技場の予算の問題であったり
本当につまらない話題ばかり。
自衛隊の海外派遣法案?
彼らが職務として命を張って国を守る? これって当たり前のことじゃない。

つまり戦後一億総中流を目指して皆が努力してきた時代は
とっくに終わりを告げ、
今は個々の時代、
つまり自分さえよければ他人や、ましてや国家などどうでも良い、
これが考え方のベースに成っている。

だから時代という潮流に流されるのだ。

私は少なくとも自分の望む生き方を見つけ、それを具現化する方法を模索し
その延長に自分の望む死に方を選ぼうと思う。
そのように、一人一人の個々が、強い自意識を持ち、
自分や、国家を考察する中でようやくこの小さな島国
日本国は輝きを放ち始めると思う。

例えば次期東京オリンピック
このままいけば、単なる官僚の主導する官製のオリンピックに成る気がする
つまり日本国民が盛り上げ、作り上げるオリンピックでなく
利権を求め、経済大国に戻りたい政府の海外に対する
プロパガンダ、(国威発揚)の場となる気がしてならない。
そもそもなんで国立競技場のデザインを、何故ブルドッグみたいな
イギリス人の女に任せるの?
日本の場で行うオリンピックなら日本人がデザインするのが筋じゃないの?
それを黙認する政府の姿勢が今のブレにブレているこの国の姿勢を
よく表している。

これを読んで頂いている諸君!
自分の生き方に拘りを持て、
元気でいられる時間は僅かだぞと言いたい。
虫でも鳥でも犬でも必ずいつかは死ぬ
人という動物も同じだ。例外は無い。
でかい総合病院、ありあまる薬、
これらは豊かな生活を送る人間のエゴだと思うべきだ。



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