覚悟を決めれば怖いものは無い

皆さんおはようございます。

私は歴史ものが大好きで、テレビの時代劇などよく見ます。
新しく始まった「真田丸」などはとても面白いですね。
その中で繰り広げられるのは、戦国という時代背景を舞台にした
武士のドラマ。
中でも私は織田信長が一番好きです。
とにかく規格外れの人物でしょう。
即決即断、慣習などすべて無視し、目的の為なら手段を選ばない
もし、こんな人が現代の政治家にいたら間違いなく日本は変わるでしょう。
田中角栄さんがそんな資質を持っていたようですが。

そこで思うのはその部下たち
真田一族もそうですが、歴史の荒波に奔流されます。
今と違い、負ければ死が確実に避けられない時代
それこそ、生きていくのも命がけです。

それに比べたら現代は、よほどの事をしない限り
仕事の失敗で死ねとは言われません。
勿論世界ではシリアのように主義主張の違いと言うより
覇権をめぐってお互いに殺しあう国もありますが。
幸い我が日本国ではそういうことはありません。
でもそれに甘えることは禁物。
先程の大臣の様につい戒めが無くなり
目先のたかだか50万円の金で信用、信望が無くなります。

これは大臣自ら述べていた、自分の政治家としての矜持を守るため
などというよりは、自分の軽率さを恥じるべき言いわけです。
多分、上司が織田信長であれば即刻首を撥ねられるか、
遠い遠国への左遷でしょう。

私がシーサイドに在籍していたころ
数々の車屋とも交流がありました。
1970年台はまだ外車屋自体がまだ少なく、意外と横のつながりが強く
しっかりとしておりました。
なのでお互い在庫の車の貸し借りなど普通に行っていたのです。

今は全くそういうことはありません。
新米の営業マンであった私もなんとか顔を広げようと
せめて地元の横浜の車屋とは親しくなろうと
当時の車雑誌に広告を載せていた バルテックスと言う車屋と
交流を持ちました。

広告にはシーサイドと同じようなイタリア車が数々出ていましたが
実態は山下公園の前のビルの一部屋を借り、
事務所だけの仲介業と言う感じでした。
暫くすると、そこの社長、と言ってもまだ若い男だったのですが
鞍さん、マセラティのボーラ有りますか?
と言ってきました。

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当時シーサイドは、れっきとしたマセラーティ、ランボルの日本総代理店
聞こえは良いけれど、その代償としてメーカーから売れても売れなくても
律儀に車をノルマとして送ってくるわけです。
当然売れない車も多々出てきます。

例えばマセラティで言えば、カムシン、そしてボーラ
まだボーラの弟分のメラックは値段が安い分ましでした。
カムシン、ボーラは当時の価格で 1800万くらい。
今の物価で言えば 3倍として5400万
これではおいそれとは売れませんよね。
当然新車で入ったけれど売れずに残る車が出てくるわけです。
なので、そのあまり得体の知れない会社からの問い合わせに
不本意ながら?私は飛びつきました。
売れ残りを売って営業として名を上げる絶好のチャンスだと。

売り先は関西だと言います。
まあ、何処に売ろうが代金さえ貰えばいいやと
私はタカをくくり、上司に販売の承諾を得ました。
すると支払いは幾らかの手金と残りは手形にしてくれと言います。
ええっ! またしても手形??
この前にリンカーンを売って失敗した記憶がまだ鮮明に残っているわけです。
でも今回は一般ユーザーではなく、業者じゃん?
またしても甘い判断です。
何処から業者なら安全の二文字が出てくるの?
今なら私は部下にそう言いますよね
ところがそのころまだ私は新米の営業マン
何が安全で、何がそうでないかの区別がつかない若造だったのです。
まあ大丈夫だろう、つまり見切り発車です。

しかし案の定2か月後にそれは銀行からの「不渡り」の連絡で現実になりました。
慌てて事務所に行くと、可愛そうな受付の女性が対応に追われています。
社長は行方不明。
勿論、車はどこにもありません。
私の悲劇、いや喜劇はこの後でした。
暫くして奈良のヤクザもんから連絡があり
うちの組でお宅のとこの車預かっているから取りに来い
え! どうも有難うございます、直ちに伺います
すると
「お前、タダとちゃうで うちも金のかたに取り上げた車や、
しっかりと払わんと、こまるで」
向こうの言い値は1000万でした。
つまりは逃げた社長がそこの組に車を担保で金を借りたわけです。
そう言えば、以前雑談で彼は関西の出身だとか言ってたな、、、、
情けない話ですが私は社長に相談しました。
すると、さすがに己晴さん 名前は松沢己晴です。
横浜でも1,2を争う組の会長に電話をかけ仲介を頼みました。
当然その会長はシーサイドのお客さんでした。
電話が終わると己晴さんは
「鞍ちゃん、話を付けるから本当に車が現地にあるのか
見てきてくれ」と言います。
ここからが私の生まれて初めての最高の緊張感を味わった数日でした。

続く。

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