何処の国に生まれてくるかで人生は決まる。

皆さんおはようございます。

我々は母親の胎内で10ヶ月を過ごし、
出産と同時に陽の光を目の当たりにする。
其処が赤道近くの灼熱の国でも、
極寒の氷のような国でも、選ぶことは出来ない。
つまり生まれた国が我が母国。

先日、米国ディスカバリーチャンネルの番組で、
車のレストア事情を取り上げている放送を見ていた。
これは主にアメリカのレストア屋が
倉庫に眠っている様なポンコツに近い車を買い上げ、
新車に近い状態にレストアするという内容で
同業の立場から毎回、私も興味深く見ている。

そこで思うのは。。
車種は違えど、車に対する愛情は何処の国でも同じだと言うこと。
その点、我が日本人は、
車というものを単なる移動の道具としか見ていないのでは?
とよく思う。
あるいは自分のステータスを他人に誇示する為の道具とか。

ところが今回見たカリブの国「キューバ」はかなり違っていた。
ご存知のように、1960年代にカストロが政権を握ってから、
すぐ近くの隣国、アメリカとの国交を断絶し、自立の道を歩んできた。
しかし自立と言っても産業は無い、貿易もアメリカ相手には出来ない
必然的に貧しい国のトップクラスに入る国に成り下がってしまった。

労働者の平均月収は毎月 20$US.
日本円にすると 2500円
フィリピンでさえ、約2万円だ。
これで良く生きていけるなと思うが、色々な工夫があるのだろう。

そういうわけで、首都ハバナで走っている車は、
1960年以前にアメリカから輸入されたアメ車。
それらがタイムスリップしたかの様にそのままの状態で走っている。
シボレーやらフォードやら、60年代の「デカいアメ車」
ところが古くなり、ガタがきても、
整備するパーツが全くない、
あっても闇のルートで来るからべらぼうに高い。
今回の放送では、そういう苦労をしながら、
1台のアメ車をタクシーとして使っている家族に
スポットライトを当てていた。

それを見て思ったこと。
我々日本人は、なんと「豊かな国に生活しているんだ」
確かに最近は日本もアメリカ並みに貧富の差が見え始めた。
簡単には庶民が豊かになれない。
もっと具体的に言えば、庶民がロレックスをまだ気安くは買えない
そんな国だ。
けれども少々の我慢をすれば、
家族そろって食い物に困らない生活ができる。
映画フーテンの寅さんの、サクラの世界だ。
「こんな良い国に生んでくれて、お母さん有難う。」
チャンチャンと締めればこの話は終わる。

ところが何故か私の商売で扱う車達は、
そんなボロくて古いアメ車ではない。
確かに古さだけは同じだが、
キューバ庶民の年収の何千倍、何万倍もする車だ。
それをこの「日本に」私が商品として持つということは、
まるで神様のように豊かな人を相手にしているという事か?
これが今日の命題だ。

貴方はキューバなどの国から見たら神様のような金持ちですか?
もし、「神様」と思えるなら周りの人たちは貴方を崇めてくれていますか?
そこが問題だ。
変な共産国家とか、発展途上の国でない限り
金さえ出せば、どんな車でも手に入る。
それが数億、数十億でも。
だったらその数億もする車を並べている奴は「神様」かという話だ。
あるいは尊敬されているのか?周りから崇められているのか?

はっきりと言おう。
私見だが、尊敬できるのは月20ドルで生活し、
一台の旧い車を修理しながら、その車と共に人生を歩む男だ。
何故なら、その人に取ってその車はかけがえのない存在であり、
それに自分の人生を重ね合わせているのが見えるからだ。
そこに、共感と尊敬の念が起きる。

ここからは私の質問。
「貴方は自分にとって、かけがえのない車を所有していますか?」
あるいはそれを持とうと努力していますか?

いつも言うように、人生は短い。
もし、かけがえのない車と思えるものに
貴方が出会うことができたなら、とても幸せな人生を過ごすだろう。
私はそういう車を提供したい。
たかが車、されど車は奥が深い
その神髄を探ってくれ。

眞の車の伝道師
鞍 和彦


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