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誰かが自分の生き方を助けてくれる?

皆さん おはようございます。
私はこの年になるまで、
沢山の人と出会い、沢山の人と話をしてきました。
そこで思うこと。。

織田信長の人生50年 
「下天の内をくらぶれば夢幻の如くなり」
豊臣秀吉の
「大阪の事は夢のまた夢」

天下一番に近づいた彼らでさえ、
最後は自分の人生の終焉を悟る。
では平凡な庶民である我々はどうなのか?
言うまでもなく、
世間の冷たい風にさらされ思う様な生き方は出来ず
忍耐、我慢の連続の日々を送ってお迎えが来るまで日々を凌ぐ
これが普通の人の平均的な生き方?

以前も話しましたが、
当社の近くに昔から日雇労働者達が多数住んでいる
「寿町」というところがある。
大阪で言えば、「釜ヶ崎」 東京で言えば「山谷 さんや」
今は大半が年金か生活保護で細々と暮らしている。
共通していることは、皆「独り者」

日中、何もすることが無いから近くの公園で時間をつぶす。
けれどふと思うのは、彼らは誰にも制約されていない
つまり基本「自由」だ。
全員家族を持たない「独り者」 
昔は違ったかもしれないが。。
この「独り者」が今回のキーワードだ。
「家族」
こちらは聞こえは良いが、内実、癖が大有りのこの言葉には
沢山の良い事と悪い事の両方が見え隠れしている。
おそらくその割合は50%ずつ
だから例の「独り者」の自由度が見えてくる。

確かに収入は、ほんの僅かだから出来る事は限られている。
けれど紀州のドンファンのように、
「金をバラまいて自分の優位性を見せつける」
あるいは、お金が有るが為に、
「騙されまいと他人を信用しない」
「自分の好む事にしか金を遣わない」
勿論、金持ち全員がそうでは無いだろうが。

それと比較して僅かなお金を自分の為だけに遣う、
あるいは手持ちのお金で買えるものしか見ない
どちらが人間として「裕福」なんだ?

最近、私は仕事で数千万単位のお金を動かす事に
なんとなく嫌気がさしてきた。
つまり理屈はこうだ。
2~300万の車と、その10倍の車とでは何が違うの?
満足度が10倍なのか?
我々が顧客に与える「幸福度」が高いのか?

数年前から世界中の投資家達が
金を稼ぐ目的で車の値段を釣り上げ、
そのあげく一度も走らせる事なく倉庫に休眠。
これって、エンツォやフェルッチオが望んだことなのか?

そろそろこの辺りの車に対して、
「何が自分にとって価値有るものなのか?」
それを再考するべき時期が来ているのだろう。
貴方が本当に「車好き」であるのか?
それが問われているわけだ。
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