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社長の意見、 ”尊敬の意味”は自分にとってなんだ?

皆さん おはようございます。

我々が日々の生活を送る中で、別に他人に尊敬されようと意識して
毎日を過ごしているわけでは無いと思います。

つまり尊敬される人は、本人の自覚のない部分で他人が評価し、それが尊敬の念につながると。

ならばどの部分が評価されるのか?
例えば、普通の人が無しえないような冒険を繰り返すとか。 先ほどのエベレストの三浦さんのように。
あるいは、こつこつ地道に与えられた仕事を定年までやり遂げるとか。

外から見れば、三浦さんのようにマスコミに取り上げられ、多くの人が評価する場合もある、
地道に仕事をしてきた人は、家族のみがその存在を認め、評価し、尊敬してくれる場合もある。

私はどちらの場合もその人自身の自尊心、自負の気持ち、それが一番重要な部分だと思います。

ある人にとっては対外的に目立つ事をし、それが自分の存在意義として感じる人もいる、
ある人は、目立たない生き方をするのが、自分の性格にあっていると判断する場合もある。

いずれにしても、また誰でも生きている人間にとり
一日は24時間であり、生まれて40年~50年も経てば老いてくる。
そして最後は必ず死を迎える。

その限られた時間の中で、多くの人に評価され尊敬される人は稀でしょう。

ここで尊敬の定義を考えてみたい。
文字通り、相手を尊じて、敬う事だ。
ということは、相手が身近であるほどその感情が湧きやすいと言えるだろう。

例えば野球のスーパースター 長嶋さん。
最近の彼を見ると、現役時代とのギャップが大きくて痛々しいが、
仕方がない。
マリリンのように若く夭折すれば伝説にはなるが、、、、

それはさておき、私は現役の頃の活躍をライブで見て知っているが、
今考えて、彼を尊敬しようとは思わない。

何故なら、彼は好きな野球をして、其処に彼の才能が開花しただけ。
勿論、幾多の困難、努力もあっただろう。
でもそれはある意味、誰でも自分の生活の範囲では行っていることだ。

では私が尊敬できる人はどんな人?

非常に現実的だが、私のために自分の負担、不利益は考えず、骨を折って助けてくれた人。
ということになる。

理由は判るよね?
誰でも他人の為に骨を折るとか、苦労するとかはしたくない。
唯一それが出来る相手は、その人にとり、かけがえのない存在の人の場合のみ。

私も恥ずかしながら、60過ぎにもなってからそんな人が自分の身近にいたのだと気づいた。

それは自分の親父だ。
私の親父は工務店の店長みたいな仕事を定年までやり、私を自由にさせ育ててくれた。

今思えば、忘れられない無言というのがある。
言葉では無く、”無言”だ。

私が高専の3年生の時に学生運動に明け暮れ、当然のごとく単位不足で4年生に成れなかった。
高専は5年制だ。

周りは自主退学するやつらが続出し、私自身も非常に挫折感と迷いがあった。
その時、オヤジにまた落第だ。(私は1年の時も落第し、今度やれば2度目だ)
経済的にも負担をかけるから、学校を退学しようかと思う、、、
そう言った。

すると日頃も無口なオヤジは私を前にして黙っている。
その無言が私には神様、仏さまの数百の言葉よりありがたく思えた。

つまりお前の好きなようにしろと、、、

だから私はオヤジを尊敬できる。
つまり私の為に骨を折ってくれたからだ。

つまり自分の損得は考えず、相手に施し、あるいは助けを出してやること
これが後に評価として帰ってくるということだ。
だからこそ自分の、自負、自尊心 これが大事になる。
理由はこれが無ければ、単なる施しの馬鹿になるからだ。

貴方は自分の自負心、自尊心について考えてみたことがあるだろうか?
またそれらが対外的に評価に値するものなのか、

40も過ぎたら考えた方が良い。

2013年6月







今日のお題目は 400GTです。
この車もわずか247台の生産です。

しかもランボルギーニにとって、アイコンになる車です。


その247台の中でもわずか新車で1台のみ日本に入った車が
今、我々の目の前にあります。

しかも新車からワンオーナー、その方は浮谷さん。

走行距離は彼の、お気に入りを示す 11,000キロです。
当時の時代で(1968年から彼の亡くなる1975年まで7年間で)
11,000キロは立派でしょう。
よほど気に入っていたとしか言えません。

幸いなことに今回、私は現在この車を所有する方から全権の依頼を受け
管理と販売を委託されました。

昨日、簡単な整備の後、少し走らせてみました。
その感想をお話ししたいと思います。

私は39年前にシーサイドモーターに入社し、
その頃の、首領であったLP400カウンタック、ミウラ並びにエスパーダ、そしてヤラマ
8気筒ではウラッコ、シルエットなどほとんど全てののランボルギーにを
それぞれ複数台運転してきました。

特に、フロントエンジンの12気筒はランボルの場合、特徴があります。
一言で言えば、重いエンジンです。

フェラーリの12気筒に比べると、優秀なエンジニアをフェラーリからも
引き抜いたはずなのですが、フェラーリの様な軽快さに、かなりかける部分があります。

それは当時、私がエスパーダⅢやヤラマの新車を数台販売し、
その中古車を、それ以上に運転した経験で判ります。

今回の400GTもそれらのルーツの車であり、
大体はイメージ通りでした。

ただ、浮谷さんが(スポーツカーのエンスージャストとして)
可愛がっていた車だけあり、エンジンは全くヘタっておらず(45年間大掛かりなOH無で)
非常に快調に回りました。

ただ、勿論この当時のフラッグシップとして当然ですが、グランドツーリングカー
というイメージです。
ボディも重厚に作られている分重いと。

例えばその当時のライバル、フェラーリの275GTBと比べると
275の場合、コンペテション用としてアルミボディのモデルを作りましたが
ランボルギーニはフェルッチオの考えからか、そのようなモデルはありません。


事実、275は当時ラリーイベント用に改造され参加した実績がありますが
ランボルギーニはこの頃から、ミウラ、カウンタックを含めて殆どゼロです。

つまりミウラ以前の生産車は ラグジュアリーカーとして作られた。そういう意味です。
では何故、ミウラ、LP400が急に異端の車として作られたのか?
それは次回の話です。

結論です。
この400GTはその時代を反映したものすごく高級、高価なスポーツカーであると。
1968年当時、代理店であった、ミツワの販売価格が1300万円

大卒の初任給が2万円の時代です。つまり今の10分の1。

するとこの車の相対的な価格は 1億3千万。
値段はともかくとして今後、後世にランボルギーニのアイコンとして残していかなければならないのは
言うまでもありません。

当社はそれに値する気の持ち主を求めます。

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車の見学、ご相談は 045-663-4660 フロント しのもとまで。
必ずアポイントをお取りください。 

プロフィール

CASTEL AUTO

Author:CASTEL AUTO
「子供の頃から純粋に車が大好きだった」

そんな無邪気な少年は自然の成り行きで1974年伝説のシーサイドモーターに入社。
46年経った現在も車に対する愛情と情熱は冷めやらぬまま
今日もひたむきに走り続けている。

キャステルオート
鞍 和彦

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