友人とは何だ?

皆さんおはようございます。

人は誰でも親から生まれ、赤ん坊、小学生、中学生、と言う順番で育っていきます。
子供の頃はいわゆる遊び友だち、という感覚の付き合いがあるでしょう。
私も大阪の下町で育った時、一緒にキャッチボールをしたり、
自転車で遠くに探検をしにいったり、
何も深く考えずに遊ぶ相手がおりました。

中学生になると少し変化が出てきます。
それはお互いの環境です。
環境とは簡単に言えば、相手の家庭環境。
世の中には金持ちの家の子供もおれば、貧乏人の家の子供もいる。

そうするとおのずと、同じような境遇の相手と親しくなる、あるいはつるむ。
その理由はまだはっきりとした、自我が出来ていないうちだから
同じような家庭環境で育った相手であれば、大体同じような物の考え方をする、
あるいは同じような遊び方をする、

私が小学生の頃、近くに金持ちの家に育つ友達がおりました。
同じ小学校では無かったのですが、幼稚園の時に知り合いそのまま付き合いが続きました。
家具の問屋を親が経営していたその子の家は、長屋が多く集まる
近所に比べて、全然別格の家構えでした。

当たり前ですが小学生では行動範囲も限られるし、(自転車で行ける範囲)
自分が仮に下のレベルなら、上のレベルの生活など見ることも知ることもなく
想像も出来ません。

今ならテレビやPCが普及し、日本のみならず全世界の出来事、その地の
貧乏人から大金持ちの生活まで仮想空間ではあるが見ることが可能です。

ただ私の子供の頃、今から約50年前はそのような情報が非常に乏しい
あるいは手に入れる事さえも不可能な時代だったのです。

だから貧乏人の子供は貧乏な?仕事に就き、金持ちはそれなりの仕事に就く
その構造は江戸の時代と変わりません。

私がその金持ちの友人の家に遊びに行くようになって驚いた数々の事
1、家には若いお手伝いさんが二人もいる。
2、大きな自家用車がある。(プリンス グロリアという4ドアーセダン)
3、応接間にはカラーテレビがあった。(まだほんの少ししかカラー放送が無い時代で
画像もどぎつい ただ色が付いている感じの)
4、応接間にはグランドピアノまであった。
5、子供が3人いたが、それぞれの専用の部屋があった。
6、まだ小学生なのに、今でいうドロップハンドル10段変速の
スポーツタイプの自転車を持っていた。(私が親に買ってもらったのは
武骨なブレーキレバーがついている実用車。)
7、おまけに私が欲しくてしょうがなかった、リコーの腕時計を持っていた。
今考えると可笑しいけれど、小学生の頃は腕時計が大人への第一歩で
ステータスに思えたのだ。

長屋に住んでいた私からすれば、正に別世界であり世の中にはこんな暮らしをする
人々もいる、それを自分の目で確認できた、また教えてくれた
それがこの友人でした。

もし私が彼と知り合わず、そのまま大人になっていたら、世の中の下と上
そんな何重にも別れる複雑な社会構造に目覚めないままだったかもしれません。

かたや中学生になると家から学校までの道のりに、釜ヶ崎という日雇い労働者の
多くが住む地域がありました。 東京で言えば山谷、横浜で言えば会社の近くの
寿町です。

おのずとそこから通う友だちも出来、家にも遊びに行きました。
彼の家は簡易宿泊所を経営していたのです。
別に周りの環境は特別危険なわけでは無く、普通でした。
それもその中に入ってみないと判らない物です。

話は長くなりました。
今日のまとめです。

友人とは自分によくも悪くも多大な影響を与える存在。
だからこそ、できるだけ広範囲な付き合いを目指すべし。
大人で言えば、いろいろな職業、若い年代から年寄りまで。

そうすることで自分の世界も広げていくことが出来る。
自分の内を見るのでなく、外を見ることが大事、
簡単な事のように見えるけれど、今の世の中スマホで自分一人の
世界に没頭している男も女も多すぎませんか?

例え電車の中でもその中は他人を観察する有意義な空間、
それを一切遮断して、耳に栓をし目はスマホに夢中、
これでは、ますます内向的な人間が増えるのではないかと。
私はそういう意見です。

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