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40歳を過ぎたら生き方を改めろ。

皆さん、おはようございます。

今日はまた人生論です。

車屋で人生論を書く人も少ないでしょう。

このブログを見て読んで頂いている方々は大概40歳代だと思います。

この私にも40歳の時がありました。
今は62歳です。

そこで20数年前を振り返ると
そこには今とは全然違う自分がいたのに気づきます。

一言で言えばノ―天気、チャランポラン。いい加減。

言葉通りの生き方でした。

もちろん時代背景もあったでしょう。

1990年代と言えば
例のバブル景気が弾けて 闇の時代に突入したころです。

私も少なからずバブルで泡にまみれて踊った口でした。

ソープでは泡にまみれるのを泡踊りと言いますが、似てますね。

人間、上昇気流に乗って上に上がっているときは
毎日気分良く過ごせて、明日の心配も無し。

俺の人生は勝ち組、楽勝だぜ とか思います。
まあ、それを感じられただけでも幸せだったかもしれません。

ところが、蜘蛛の糸が切れたときの落差もとても大きく感じます。

何分、自分の努力で這い上がったのではなく
周りが押し上げてくれていたわけですから

糸が切れたら、そのまま落ちるしか手立てがありません。

いくらもがいても手掛かりは無し、税金と言う奴も確実に追いかけて来ます。
今までの生活、世の中、あれは何だったのだろうかと呆然とします。

それでも朝、目覚めると毎日が始まり、腹も減ります。

つまり食べる物を、それを買うお金を稼がなければならないのです。

普通のサラリーマン、あるいは公務員だったなら
直接バブルの恩恵も受けず、(交際費は別だが)
それが弾けてもダメージは無かったでしょう。

でも自営は違いました。
自営とは言葉通り、自分で営業すると言う意味です。

つまりそのすべての責任は自分に来るわけです。

人間は動物界で唯一反省をする生き物と言われています。
私も窮地に立たされて初めて反省をしました。

今までのチャランポランな生き方、行き当たりばったりの生き方
それらを全てゴミ箱に入れ、これからの生き方を考えました。

普通なら
友人や、信頼できる上司、あるいは先輩などが
良い助言をくれることもあります。

残念ながら、私にはそういう人はおりませんでした。
多分、自分自身がそういう関係を望まなかったからだと思います。

そこで私はどうしたかと言うと、旅に出ました。

もちろん一人でです。 おねーちゃん連れではありません。

電車の旅でも良いのですが、私は車屋ですので車で行きました。
横浜から出て仙台を過ぎ、目指したのは青森です。

そこから北海道に渡ろうかとも思いましたが
北海道は観光気分が強いので、止めて秋田に廻りました。

季節は秋だったので、紅葉が美しく季節の移り変わりを感じさせてくれます。

何もない辺鄙な田舎の町にも 人が住み、コンビニまであります。
ここら辺の人たちは実直に生活をしているんだろうな、と思いました。

道端には田んぼが広がりコメの収穫の季節でした。

そこで、それを見ながら私は考えました。

”自分にとっての職業”という奴です。

今更自分には農業は出来ない。(体力もないし地味だから)農家の人すみません。
ならば20年近くやってきた車屋はどうなんだ?

その頃はまだレストアをするとか、それをしたいとか、
全然考えておらず、またその対象となる車も無いし、
それを依頼する客もおりませんでした。

せいぜいアメリカとかで仕上げた車をどうやって買ってくるか
どうやって日本に運ぶか程度の方法論だけ。

けれども幸い20年近くもやってきた「道」 ですし
基本的な事は多少なりとも判っています。

そこで、私が率先して音頭をとれば付いてくる人もいるのではないか?
そう思って自分の考えをアピールできる方法を考えました。

まだパソコンも殆ど普及していない時代です。

続きは明日。

プロフィール

CASTEL AUTO

Author:CASTEL AUTO
「子供の頃から純粋に車が大好きだった」

そんな無邪気な少年は自然の成り行きで1974年伝説のシーサイドモーターに入社。
46年経った現在も車に対する愛情と情熱は冷めやらぬまま
今日もひたむきに走り続けている。

キャステルオート
鞍 和彦

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