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ランボルギーニ イオタ

皆さん こんにちは。

連休はいかがでしたか?
私も昨日、日本に戻り好きなラーメンを嫌というほど毎回食べております。

さて、私のライフワークでもあるレストア本の、ミウラ版がようやく完成します。
今月の終わりには発刊できる予定です。

今まで、カウンタックLP400から始まり、ストラトス、ディノと来て
今回がミウラです。
おそらく1番の人気になるのではないかと期待しております。

今日も編集者の方と、まとめの私のインタビュー形式でお話を致しました。
その中で、必ず聞かれるのが「イオタ」のことです。

私の今までの40年間の経験の中で、まともなイオタと呼べる車に乗ったのは
1台だけです。
これはシーサイドに在籍していた時に入ってきた 濃いブルーの個体。
この車は当時その他のユーズドカーも輸入していた、
ドイツのランボルギーニの代理店だった、ハーバートハーネ という人物が
SVをベースに自社工場で作成したと言われています。

濃いブルーに塗られたこの車は、シーサイドのショールームに入れた時から
かなりの存在感醸し出しておりました。
いわゆる迫力というやつです。

一番の違いはボディのそこかしこに、打たれたリベットの数、
まるで模様のように整然と打たれていましたが、その数は有に100以上は
ありました。

そして前から見ると、ミウラの特徴でもある
出目金のヘッドライトが外され、其処に固定式のアクリルのカバーが
被されておりました。
ちなみに私はこの改造はあまり好きではありません。

後ろに回るとバックパネルの下半分を取り去り、
そこから完璧にストレートのマフラーが、でかく4本突き出ていて
いかにもレーサーもどきの雰囲気でした。

数年前にランボルギーニのテストドライバーだった、
バレンチノ バルボー二さんとアメリカのモントレィで話す機会が
あったのですが、
私の問いに、イオタという車は俺の先輩のボブウオレス氏が
自分の趣味で作り上げた車だよ、
と、答えてくれました。

つまりノーマルのミウラを、よりレーシーに、カフェレーサーのような雰囲気に
仕立て上げた車、
特別、レースに出るようなつもりではなく、あくまで見た目の重視。

その証拠にボブが作ったオリジナルのイオタも、特にエンジン本体は
いじってはいなかったとバレンチノは明かしてくれました。

ですのでシーサイドが輸入したイオタも、エンジンなどはノーマルのままであったと
思います。
でも時は1977年頃、つまりこの車の元となったSVが作られたのが
1973年、つまり新車から4年くらいの時間しか経っていなかったわけです。

記憶はあまり定かではありませんが、1万キロも走行していなかったと思います。

そのせいか、試乗に出た私を一番驚かせたのが走行安定性。
並みのミウラでは150キロくらいからフロントのリフトが始まり
180キロを超えると前輪の接地感がほとんど無くなります。

つまりステアリングの応答性が無くなるということ。
これはスポーツカーにあってはならない、致命的な欠陥です。
ところがこのイオタは、当時の試運転コース
第三京浜の港北へのストレート部分で、メーター読み220キロを越えても
びくともしないハンドリング、直進安定性、
これを体感させてくれました。

続く。

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この画像は オリジナルのブルーから、東京の大田板金でオレンジに色を変えた
後の画像です。
ちなみに、オレンジは私の発案でした。
購入したお客に色を変えてくれと言われたので。
勿論、リベットも全部 打ち直し。大変な作業でした。



プロフィール

CASTEL AUTO

Author:CASTEL AUTO
「子供の頃から純粋に車が大好きだった」

そんな無邪気な少年は自然の成り行きで1974年伝説のシーサイドモーターに入社。
46年経った現在も車に対する愛情と情熱は冷めやらぬまま
今日もひたむきに走り続けている。

キャステルオート
鞍 和彦

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