終わってみればあっという間の1年

皆さんこんにちは。

今日は金曜日ですので仕事納めの方も多いのでは?
当社も明日は大掃除で今年の仕事は終わりです。
来年は 2015年、
私が務めていた シーサイドモーターが倒産し
路頭に迷ったのが1980年の2月ですから、今からもう少しで
35年の月日が経つことになります。

35年? といわれてもピンとは来ませんが、
生まれた子供が35歳の オッサン、おばはんになる時間と考えれば
とても長い時間です。

正直に言いまして、初めのころはとりあえず食べていければ
特に車屋でなくても良い、そんなふうな考えでした。
その理由は、とてもじゃないけど高額な車を自分一人のチカラで
売り買いなどやっていけるとは思えなかったのです。
その前はシーサイドモーターという看板があり、立派な10階建ての自社ビルがあり
後ろ盾はとても大きいものだったと、
ところが、会社が潰れて一人きりになった途端、
自分には何があるの?
6年半務めた経験と、ほんの少しの自分のお客様と、
他には何もない、持ってる車もなければ、金も無い、
そんなので実際食っていけるのか? と”少し” 悩みました。

その少しの理由は、私は元々性格が楽天的でいつも何とかなるさ主義
とりあえずバイトでもしながらブローカーを続けてみよう、
そんな考えでした。
皆さんの周りにも脱サラで起業家を目指す人もいるでしょう。
その道の先輩としてのアドバイスがあるとすれば、
まず、「借金をするな」これです。
自分の智慧で商売できない奴が、更に借金をしたら
上手くいくわけがありません。

ですので私はひたすらお客を周り、まずは手持ちの車を預けてもらい
それを売ることで最低限の金を得ようとしました。
つまり生活資金です。
勿論、利幅は少なくです。でないと早く売れません。

大概はそのうちに行きずまり廃業してどこかのサラリーマンに
なるのですが、
どういうわけか私の場合、要領が良かったのか細々ですが
妻子の面倒をみていけるくらいの稼ぎはありました。

そうこうしているうちに6年くらいが経ち、1987年になると
いよいよ日本はバブルを迎えることになるわけです。
ですので、1980年から1987年までは私は誰もその存在さえ知られない
唯のブローカーでした。
今は? ヤフーに私の名前で検索すると実に10ページもの引っかかりが
出ます。
それだけ知名度が上がったということです。
それが良いかどうかは別にして
一つの仕事をとにかく我慢して続けると、大概の場合
何らかの評価、評判は得ることが出来る
そういういことです。

もう一つ大事なことは、自分の仕事のレベルを上げていく、
この意識です。
今年出来なかったことは、来年、
更にその翌年はその上にと、
そういう意識が無ければいつまでたっても平凡な「雇われる側」の人間で終わります。

最近の若者は大学なりを出た瞬間から「雇われる側で満足」しているように
見えます。
別にそれが悪いとは言いませんが、男と生まれたからには1度は
人を使う立場になってみろ!
とケツを蹴飛ばしてやりたいと思います。

私が良い見本です。
30年以上も同じ仕事を続けていたら、いつのまにか
5人ものオッサンを雇う立場になっていた、
そういうことです。
今日のことわざ。

継続はチカラなり。
これを今年の締めくくりに送ります。
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Castelauto

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