人生の挫折と壁 その3

皆さん おはようございます。

今思えば、バブルが弾けて1990年後半から91年にかけてが
一番厳しい時だったように思います。
その前がイケイケだったので、
逆にその反動が、より大きく感じられたのだと思います。

最近思うのは、その後25年も経ってはいるけれど
まだ日本の経済は弱いまま。
或いは、あの時の反省の気持ちが強すぎて、常に警戒する
そんな気持ちが一般庶民の間から抜けていない。

安倍さんが、いくら景気浮揚を呼びかけても半信半疑
あるいは俺には関係ないことと冷めた感覚
そう言う人が大半。。そう思います。

元々、我々日本人は農耕民族がルーツ
一攫千金みたいな狩猟民族的な感覚は似合わないのです。
なので少しでもマイナーな事が起きると、より強く殻を閉ざしてしまう。
前の東北の震災がそれをより強くしたのかもしれませんが
景況感はけして良くは、なっていないと思います。

ただ1990年ころ自営業だった私は、
どんだけ稼ごうがどれだけ遊ぼうが全て自己責任です。
すなわち、自分のことは自分で始末をつけなければならない訳です。
その頃はまだ一人ブローカーで
自分自身と家族だけの責任でしたから、まだマシな方。
今は5人もの家族持ちのスタッフを抱える身分です。
なので少しでも組織としての方向性を誤ると崩壊への道が待っている
そういうことになります。

今話題になっている 大塚家具のお家騒動
経営権の問題ではなく、経営方針の問題でしょう。
つまり先代の社長が切り開いた
個別にスタッフが付き、丁寧な接客をする
それが今のニューファミリーには逆に疎んじられ
イケアやニトリのような全て自分で選んで、しかも価格が安い店
その台頭に脅かされているわけです。

つまり消費者のニーズの変化について行けなかった。
そういう事でしょう。
では我キャステルオートはどうだったか?
というかその頃は有限会社キャステルオートとは名ばかりで
一人キャステルでした。
なのでこのままではイカン、
すぐにも変革、改革をしなければと思いたちました。
時は1992年ころ。

その頃は、社会的には全くの無名。
つまりキャステル? 誰も知らないわけです。
まだインターネットという便利なツールが出来る前。
当社のホームページは 2000年ころからのスタート
おまけに在庫の車を手に入れるにも資金が無い。
だったらどうやって商売をすれば良いのか?

考えた末に一つのアイデアが浮かびました。
「無いものを売れば良い。」
意味が解りますか?

殆ど詐欺みたいに聞こえますよね。
そこに無い商品、私の場合「車」
それを、あたかもあるように見せかけて? お客から金を出させる。
今考えるとこれは相当なテクニックです。
しかも商品は結構高額な車
これを実際に行うために使ったのが車専門誌の広告。
ノウハウはシーサイドが潰れてからの10年間でブローカーとしての
経験は十分に積んでおりました。
但し、その範疇は過去の顧客やその紹介くらい。
それを遥かに乗り越えて全国の見知らぬ客を相手にする必要があったのです。

広告の文面、レイアウトは全て私が作りました。
アイデア的にはせっかく なけなしのお金を払うんだから
できるだけインパクトの強い広告。
それでもってケバい花が虫をおびき寄せるように
集客しようと、もくろんだわけです。
そのうちの何点かを紹介します。
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2009 01 01_5504

この広告を拡大して見てください。
1993年当時です。 今から22年前
ディノの値段は850万円から1200万くらいの売値
これである程度の修復もしようというのですから、かなりな技が必要でした。

この時は今の工場もなく、
自宅マンションの近くのコーヒー屋が商談の場所。
見せられる車も殆どなく、文字通り無いクルマを売ったのです。
あるのは言葉巧みな話術とシーサイドの時の話。
それでも善良な?客が来てくれてポツポツと無いクルマが売れました。
勿論、手金を預かると大急ぎで仕入れに走るわけです。
これがキャステルの原点です。

「成せば成る、成さねばならぬ何事も」
これを今日のお題に付け加えます。
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