車は唯の道具と言えるのか?

皆さんおはようございます。
maruyama mini

昨日は旧友と言える、ミニ丸山の丸山さんと会って話をしてきました。
今更ですが彼は日本人で唯一、フェラーリの 250LMを今から30年前
30代で手に入れた生粋の車趣味人です。
とにかく話しは車のことだけ。
それも彼の興味のある車種だけと、ものすごくはっきりしています。

彼とは、私がまだシーサイドの駆け出しの営業であった
1975年くらいに知り合い、それからもう40年の長きにわたります。
上の写真も今から10年前のものです。
勿論その間には、お互いに紆余曲折ありましたが、
電話一本で会いに行き、交友を確かめることのできる
得がたい仲間です。

その彼と話をしていていつも思うのは、
車とは自分の身体の一部のようなもの。
その考え方に共感する部分です。

彼は基本的に買い集めはしますが、売ることはしません。
何故? 
車は自分の身体に同化するから。(これは私の意見、言葉です)
だから例は悪いですが、自分の脚や腕を売ることはしないと。
もっともです。

ところが昨今、 自分自身は何の努力もしないのに、
俺の脚は高く評価が付いたとか
俺の腕はプロ野球なみだ とか
勘違いな事を言う輩が出ています。

だから、そういう事を言う人に聞いてみたい。
「貴方は何をどれだけ自分の身体に投資、あるいは鍛えるための事をしたのですか?」

そういう人の大半の感覚は、
今回買った車も飽きたら手放す
つまり死ぬほど好きな対象ではないわけです。
だから大事にしないし金もかけない。

昔,私は下取りで引き取られていく車を見ながら涙をこぼしたことがありました。
その車が身近にあったときは、自分の親以上の存在感があったからです。

今、私は40年ほど前に生産されたスポーツカーを
修理、レストアする仕事を生業としています。
その仕事に必要な最重要な事とは?
それは車に対する「愛情」です。

たしか丸山さんも言ってましたが、
「好みで好きな車もあるし、そうでないものもある。」
だったら徹底的に好きな車を大事にすれば良いのです。

私の場合、ミウラであったり ディノであったり BBであったり。
この3台の車種は、私は死ぬほど好きだと断言できます。
できれば死んだら自分の身体をそのどれかに収めて
土の中に埋めて欲しいほどです。

貴方にとって、どんなクルマが死ぬほど好きだと言えますか?
もし、そんな対象のクルマがキャステルの取り扱う中にあるのなら
いつでも横浜へお越し下さい。
夢を叶えて差し上げます。
別に買ってくれとか言うつもりは毛頭ありません。
理由は代償が(代金が)高いから。
ディノでもサラリーマンには無理です。

けれどオードリー・ヘプバーンにはもう亡くなって会えないけれど
ディノやミウラはキャステルにくれば現実に会うことができます。
しかもそのオーナーの私が 「貴方が死ぬほど好きならいつでも乗っけてあげるよ」
と言うのです。
私自身が車に感謝し、愛情を持ち、その気持ちを共有しようと
いう考えがあるからこの言葉が出ます。
それを理解する方はいつでもお越し下さい。

車を唯の商売道具というクルマ屋とは一線を期す
それがキャステルオートです。
2000GT_201503051121585dc.jpg
右が兄貴、真ん中が弟
2000GT Jean in france
このトヨタ2000GT
後ろに映っている家族
この方たちは2年前に、この車を買いに来たファミリーです。
一番右に居るのが「パパ」
この時はフランスから息子二人で訪れ、
オヤジの誕生日のプレゼントに、この車を贈りたいと言われました。
オヤジはフランスとスイスでトヨタのディーラーを経営している。
2000GTを持つのが夢だと。
しかも購入する費用は息子たちの自己資金、オヤジには内緒でサプライズさせると
私はその言葉に「愛」を感じ、売ることを承諾しました。
この記念写真からも彼らの2000GTに対する「愛」が見られませんか?


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