人は川に流れる小舟のようなもの。

皆さん、おはようございます。

私が全てのジャンルで一番好きな歌
それは美空ひばりさんの「川の流れのように」です。


この歌を聴くたびにこの歌曲の詩に感動し
美しいメロディーとひばりさんの人生の重みが示された歌声にまた感動します。
私が歌を聞いて、自然と涙が出るのはこの曲をひばりさんが歌うことが唯一です。
この歌を聴くたびに自分の人生を振り返ろうという気になります。

今まで散々好き勝手な人生を歩んできた私ですが
少しは人様の役に経っているのかと自問します。
ひばりさんのようにその存在自体が価値のある人間になれたらと思います。
勿論彼女は子供の頃からの天才と呼ばれた人です。
私は卑下するわけでなく特別何も才能のない凡才です。
ただ一つの共通点は、同じ生身の人間であるという部分でしょう。

生身の人間とは言うまでもなく
悩みを抱え、幸せを求めてさまよう一人の人間のことです。
彼女が歌手としては偉大な成功を収めたにも関わらず
一女性としては幸薄い人生であったのは皆さん知るとおりです。
せめて彼女の唯一の結婚相手、小林旭さんのように
70歳を過ぎても元気で歌っていた欲しかった 
と思うのはひばりさん全てのファンの願いでしょう。
ちなみに小林旭さんは車好きで、シーサイド最後の頃
ランボルギーニのシルエットを買っていただきました。
私も数回お目にかかったことがあります。

さて今日は何故こんな話をするのか、
最近頓に人生の目標を掴みづらくなってきたな という気がするからです。
私のオヤジは20歳そこそこの頃、赤紙で兵隊に取られ、
戦争で大半の思春時代を裂かれました。
陸軍だったので、中国戦線から最後はフィリピンまで行き
そこで終戦、捕虜になりました。
それでもあの激戦を耐え抜き、生きて日本に戻れたのは
本当に運がよかったと生前いつも私に話しました。
その後学生の頃、家庭教師をやっていた建設会社の社長に
拾われ、そこで設計技師として働くことになりました。
ほどなく見合いで結婚し、一人息子の私が生まれたわけです。
時代は戦後まもなく、そして高度成長期へと変革していきます。
東京オリンピックがあったのは、私が中学3年生の時 1964年です。
この頃は私のオヤジもそうでしたが、みな猛烈に仕事をし
この国を発展させていくという気概を持っていたように思います。

それから50年あまりが過ぎ、
再びオリンピックが日本にやってこようとしています。
けれど最初の頃と現在では何もかもが変わっています。
日本人の生活様式、街の風景などなど
でも一番違うのは?
国民の向上心、
これが昔はあった、いかにより良い生活をするために
あるいは国の発展のために皆努力した。
現在は??
今の生活を維持するために最低限の努力をする
つまり国民としての意識が昔と比べたら格段に下がっている
国なんかどうでも良い、
自分の生活が大事、
子供は大人の鏡とはよく言いますが、
渋谷あたりを歩く若者に日本人であるという意識
あるいは日本を守るという事を考えたことがあるかと聞いて
ほぼ9割は無いと答えるでしょう。
意識するのは海外に出るときにパスポートを税関に出す時くらいか

つまり余りにもこの国が豊かになり
国民ひとりひとりの意識が下がり、向上心、結団力が薄れているのです。
このブログを読んでいただいている方々
大体40歳過ぎくらいでしょうか?
ということは、戦後はもちろんのこと、前回の東京オリンピックの時でさえ
まだ生まれていなかったということです。
つまり国が成長しながら豊かになっていく過程を見ていない
始めから完成していたということ。

私は現在の日本人が目標を持ちにくくなった、この最大の要因が
国としての「老化」 だと思います。
確かなことは人は生まれ、成熟し、やがて老化していくことです。
ひばりさんの歌にあるように、人生は川のながれのようなもの
いつかは海に注いで消えていきます。
是非皆さんには今一度、自分の人生を振り返り
今後の目標を立てて頂きたい
そう思います。
「人生は振り返ることは出来ても、後戻りは出来ない
つまり先に進むしかない、進むということは老いることだ、
いかに正しく老いるか、これを40も過ぎたら考える、それが大人の流儀だ」
これが今日の贈る言葉です。



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