動かしていないスポーツカー是非買い取りたい

皆さんおはようございます。

日常でなかなか車を走らせる時間を持つことは難しいことです。
特に、趣味の車であればなおさら。
キーをひねって一発でエンジン始動するような車なら気が楽ですが
キャブ車の様なしばらくエンジンをかけていないと
なかなか始動しない車の場合、まず気合いが必要です。
まあ、それだけ日頃のメンテナンスが必要ということでもあります。
当社はそのようなメンテナンスを専門に請け負う事を生業としているわけですが
勿論、営業の面でも常にそのような「手間がかかる」 車を必要としています。

ですのでもし貴方の周りに、長く乗らないでガレージに置いてあるだけの車とか、
車検が切れたままもう3年も経っているとか、
そのような車がありましたら、是非お声をかけてください。
知り合いの人が持っている等の情報でも結構です。
話がまとまったときはお礼を数万ではなく数十万単位で差し上げます。
是非皆さんのお力添えをお願いします。

連絡は 045-663-4660 フロント しのもとまで。

今日の後半は死生観について。
簡単に言えば、いかに生きるか? いかに死ぬか?
我々は常にこれを問われているのだが
凡人はできるだけ見ぬふり、聞かないふりをする
特に難しいのが 如何に生きるべきか?
これを自問するのとしないのでは、その人が死んだ後の評価が180度違う
如何に生きるかということは、如何に他人と接するかということ。
山奥深く、仙人のような暮らしをしない限り

まず基本になることが、他人に、また当然親族にも迷惑をかけないこと。
この間の北海道の事故を起こした馬鹿者のような人間は
人に迷惑をかけることを考えずに行動している、だから馬鹿者だ。
当然来生は地獄に行き、ゴキブリに生まれ変わるだろう。

自分の身の回りの人に対して親切にし
生き物全て(木や花や動物から昆虫まで)に対して慈悲の眼を持てば
必ずその報いがある。

なにしろ「生きているもの」即ち必ず「死ぬとき」がくるからだ。
だから冒頭のいかに死ぬか?
これはその人の運命に任せれば良い。
早く40歳で死ぬ人も、90歳を超えて亡くなる人も
生を受けて死を迎えたことに変わりはないからだ。

徒然草を書いた 「兼好法師」の言葉に次のようなものがある。
死期は序を持たず。
死は、前よりも来らず
かねて後ろに迫れり
人皆死ある事を知りて、待つ事しかも急ならざるに
覚えずして来る

これを見ていただいている方々
大体が40歳を超えているだろう。
最後に 平家物語から
「生者必滅 会者定離は浮世の習いにて候なり」  
この言葉を贈ります。
意味は
生きる者は必ず滅び、出会う人とも必ず別れが来る これが世の定め
貴方にとって「生きる」とは何ですか?                                                   


プロフィール

Castelauto

Author:Castelauto
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク