皆さんおはようございます。
昨日、私の少ない車屋仲間の友人と話をしてきました。
彼は1980年代から90年にかけて世田谷の環状8号の第三京浜の出口わきにあった
ITC インターナショナル通商という会社の番頭だった男です。
とにもかくにも、誠実、真面目を絵に描いたような人柄。
なので顧客の信望も厚く、時期がきて独立しました。
今はこじんまりとした店をやっています。
彼も私と同じ身の丈を超える事は嫌い、
自分の賄える範囲での商売を心がけています。
ところが時代の波というものは恐ろしく、
今まで普通に仕入れて、販売する
この当たり前のことが最近できなくなってきていると言います。
何故?
他の業種もそうですが、流通のシステムが変わってきているからです。
今までは新しく車を売れば、その下取りの車があり、
それを仕上げてまた再販する
そういうサイクルがありました。
ところが皆さんご存知のように最近は買い取り専門店が続々と増え続けています。
なので、下取りに出す前に買い取り専門店でまずは査定
これが当たり前になりつつあります。
始めは国産車が主流でしたが、最近は外車も同じ。
これでは彼のような小さな店は、高くても仕方ないがオークションで仕入れるしか
ありません。
当然、利幅が減少
彼曰く、俺は少なくても今まで真面目に商売をしてきたつもりだけど
考えが浅かったのかと最近思うと。
これは車屋だけの問題ではありません。
どの業種でも言える事。
つまり清原氏ではないけど、時代に自分の道を合わせる努力、工夫が無ければ
この厳しい時代にはついていけないと言うことです。
甘えが許されない時代
これが現代だと痛切に感じます。
貴方の場合はいかがですか?
このところ話題になっている 清原氏の私の感想です。
彼は誰もが認める野球界でのスーパースター
でもこの称号は現役を辞めれば過去の栄光
その後の人生でもスターでいられる保証はどこにもありません。
かえって過去が輝かしいものであればあるほど、
その後が暗ければことさらに批判、批評されます。
一般大衆は自分の出来ないことをやった人には憧れ半分、やっかみ半分の感情を抱きます。
歌手でもなんでもそう、日本で一番の人気のスポーツ 野球選手もです。
10代の頃に成功してしまうと、周りがちやほや持ち上げるため
世界は自分を中心に回るものだと錯覚します。
そのまま20代になってしまうと、普通の社会人としての教養、マナーを学ばぬうちに
歳を重ね、その人間の人格育成にかなりなマイナスの影響を与えます。
彼の場合がその典型的な例
22歳でフェラーリを買ったと言っていましたが
普通では無いでしょう。
なので40歳そこそこで現役を引退すると
他に何もない。
毎日することが見つからない。
普通の人生を送った人は、20代、30代の積み重ねで
40代は一番人生の花が咲くころ。
彼の場合はその真逆
最近「しくじり先生」というテレビ番組があり、私も楽しく見ています。
その内容はその名前の通り
人生をしくじった人が自分の過去を振り返り、失敗した要因などを
生徒に教えて教材にすると。
何年後かにこの番組があれば清原さんも呼ばれるでしょう。
それを見ていて気が付くこと。
失敗しても立ち直れた人には必ず伴侶や、親しい友人、あるいは師匠がいるということ。
それを反対側から見ると、
それらの周りの人たちに恵まれないか、あるいは避けていると
失敗する可能性が高くなる
これはかなりな確率でしょう。
確かに40歳も過ぎて仕事が終わってから部屋に帰ると誰も出迎えてくれない
飲み仲間はいても親友はいない、恋人もいないでは
清原さんでなくとも寂しい気持ちになるでしょう。
では家に帰ると誰でも何処の家でも家族が暖かく出迎えてくれるのか?
これは疑問です。
嫁は亭主を給料を稼ぐロボットのように扱い、娘、息子 特に思春期になると
オヤジ うざいんだよ~
と罵ります。
もしこんな家庭だったらどうしますか?
私ならさっさと嫁に離婚状を突き付けて家を出ます。
何故?
私の場合エゴイストなので、一度の人生をより良い相手と過ごしたいからです。
確かに我慢も大事ですが、自分の人格を捨ててまで我慢をする必要はありません。
親戚、兄弟から何と言われようが当事者しか分からないことに口出しするな
これで終わりです。
貴方はそこまでの「自分」をお持ちですか?
私がいつも言うように人生は一度きり
あとで後悔しないために今をよく見つめて選択が間違いないか
常に精査する、
これは仕事にも言えるし、生き方にも言える言葉です。
自分の生き方を曖昧にごまかすのはやめましょう。
人生は厳しい、けれど楽しい事もある。
これが現実でしょう。