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ヤクザに似合いの車

皆さんおはようございます。
いよいよ今年も今月限りです。
今年は皆さんにとり、良い年でしたか?
日本の経済がこれだけ不調になると、その影響は末端まで浸透します。
ヤクザもその例外ではありません。
彼らの稼ぎは闇の裏商売、覚せい剤とか銃の密輸とか、
それと表向きのフロント企業として、港湾関係とか土木事業の利権など
それらで構成されます。
ところが公安委員会を始めとする国家権力、それらが傘下の警察を使って
強力な取り締まりを行ってきたため、
昔と比べると驚くほどそのチカラは減少しました。

私がシーサイドに入社した1970年代、そのころはヤクザ屋さんも結構羽振りが良く
シーサイドのお客にもその筋の方々が多くおりました。
横浜は神戸と並ぶ日本でも最大の貿易港です。
なのでその港湾関係とかの利権で彼らもしっかりと稼いでおりました。
組長クラスはロールスロイス、幹部でもベンツは当たり前。それも最大のSクラス。
私も何度も本牧あたりにある組事務所に集金やら納車に行かされました。
ところが現在、彼らが足で使う車は国産のセンチュリーならまだ良い方
大勢の移動は昔はベンツの行列でしたが、最近はワンボックス。
彼らも別にエコを意識しているわけでなく、単純に経費を節約しなければならないからです。

話は一気に40年前に戻ります。
私がシーサイドの営業として始めて売った車がリンカーンと前回書きました。
今の人はご存じないでしょうが、70年代のリンカーンと言えば「偉大なアメリカの象徴」
なので、やたらボディがでかい。
全長も今のベンツのSクラスよりも長く 5、5メートルくらい。
つまり見栄を張るにはちょうど良いわけです。
私が売ったのは2ドアーのモデル、そこそこスポーティなわけです。
ところが納車に行った先は田んぼの中にある、ボロアパートの2階の部屋。
部屋には数人がおりましたが、経理担当みたいなやつが
おう、これが頭金だ
と言って、50万円の現金を差し出しました。
販売価格は350万円ですので、残りが300万です。
恐る恐る残りはどうなりますか?
と聞くと、手形にきまってるやないか、お前用意してきたんやろな?
と言いました。
私は右も左も解らない新米の営業、
会社の経理から350万円の領収書を持たされただけで他に何も聞いておりません。
今とは時代が違うと言えばそれまでですが、その頃は「手形用紙」は銀行でもらう以外にも
其処らの文房具屋でも売っていたのです。
私は はいそうですかと、部屋を出て近所の文房具屋を探しに行くしかありませんでした。
やっとの思いで手形用紙を買ってくると
その経理の男は、「なんとか興行」と分けのわからない、ハンコを20枚くらい付くと
私に渡しました。
金額はお前のとこが書け、金利は安くしろよ
今思えば何たるいい加減、太っ腹。
せめてもの救いが、譲渡書類を分割払いですのでと渡さなかったことです。

そして一枚目の期日が来ました。
案の定不渡り。つまり300万がパーです。
上司に怒られて現地に行くと、そこには車は勿論、部屋も空き家でした。
良く失敗は成功の基とは言いますが、私にはかなりきつい失敗でした。
ちなみにこの車はシーサイドが潰れるまでずっと行方不明のままでした。

そんな私がそれから今まで42年間も販売を仕事として続けてこれたのは
とにかく基本を大事にし、次の展開の予想を立てる
相手すなわち客の本質をつかみ、それに合わせて対応する。
そして最大の要因は「絶対に無理な事はしない」
ここで言う無理とは金銭の無理です。
シーサイドも無理してビルを建てたがために、6年で倒産しました。
そんな事例は無数にあります。
皆さんも多かれ少なかれ商売にしろ、家庭の事にしろ
少し無理かもしれないけど、、、
と決断を迫られる事も多々あるでしょう。
今まで大きな失敗はしたことは無いぜ
という人は要注意です。
今回の決断が一度目の大失敗になるかもしれません。
「無事、これ名馬」
という諺もあります。
私も皆さんも「無事」に天命を全うするまで生きるのが大事ではないでしょうか?

プロフィール

CASTEL AUTO

Author:CASTEL AUTO
「子供の頃から純粋に車が大好きだった」

そんな無邪気な少年は自然の成り行きで1974年伝説のシーサイドモーターに入社。
46年経った現在も車に対する愛情と情熱は冷めやらぬまま
今日もひたむきに走り続けている。

キャステルオート
鞍 和彦

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