生きた足跡

皆さんおはようございます。

人間長く生きていると、
少なからず周りの人に影響や印象を残します。
まあ、大概が悪い印象で。。
やれ、あいつはケチだ
自分の事しか頭にない
能力もないくせに他人の悪口ばかり言う
などなど、、、、

勿論、私も例外ではありません。
私が周りから思われているのは、
超我儘、かっこつけたがり、自尊心が強すぎ等。。
けして褒められた人格ではありません。
ではどんな人が尊敬されるのか?
あの人は良い人だと思われるのか?
少し考察してみましょう。

では身近なところで、この私が66年間この世に生きて来て
何人の尊敬できる人に出会えたか?
残念ですが、たった一人です。
それは「元シーサイドモーターの社長 松沢己晴」
昭和10年生まれの彼は今生きていたら、82歳
けれど、バブルで日本列島が騒いでいた頃の1988年に亡くなりました。
その死に方、死んだ場所、全てが彼らしいと思います。

振り返れば彼との出会いは、
私がシーサイドモーターの門を叩いた1974年の事
今から43年前です。
その頃彼は39歳、私は22歳
シーサイドは並行輸入自由化の波に乗って、
かなり背伸びをした10階建ての自社ビルを建設中でした。
39歳で自社ビル?
これはかなりな成功物語でしょう。
勿論続けばの話ですが。
当然大半が銀行からの借入金だから、
そのせいか入社したての私は ほぼ毎日横浜駅前の当時の三和銀行に
使い走りをさせられました。

なので己晴さんとは口を利けることもなく、ただの憧れの人
何しろ毎日着ているスーツやジャケットは殆どイタリア製
靴もそう、ネクタイも同じく、ミラショーンなどの派手目が好みでした。
おまけに身長が高いので(180センチ)やせた身体に良く似合っていたのです。

かたや私と言えばスーツは入社時に両親に買ってもらった着た切り
初めの頃は、着る機会も全くなく、毎日ジーンズにTシャツと言う格好
仕事が使い走り、車の掃除、その時はまだビルが完成していなくて
仮の事務所だったのでそれでもよかったのです。
通勤も東京の杉並からバイク通勤でしたし。

そうしているうちに、
ようやく1974年の9月の終わりに新社屋は完成しました。
ショールームは全て床がイタリアンタイル、天井からの柱には鏡を張って
それは大層きらびやかな感じでした。
おまけに、そこに展示しているのは、当時日本全国、
何処でも見られないランボルギーニや、マセラーティの新車。
なにしろシーサイドは、その二つの日本総代理店だったから。

私はと言うと、訪れるお客様の車の移動、保管の仕事
先輩の営業はブルーのおそろいのブレザーを着て、お客達に対応してる
私も早くあぁなりたいと思いました。
プロフィール

Castelauto

Author:Castelauto
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク