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人生色々、車は生き方を写す鏡

皆さんおはようございます。
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私の隣にいらっしゃるのが Yさん。
日本3号車のファーストオーナーです。
時は1976年、まだ世間の子供達には「カウンタック」の名前も知られていない頃。
この頃ランボルギーニの新車、しかもまだ世に出たばかり、
日本では3台目のイタリア製スーパースポーツカーを
買うという意味は、金額の差異はあるけれど、今ならマクラーレンの新車、
フェラーリの高級モデル、勿論ランボルギーニの最新型
それらをまとめて一度に買うくらいのインパクト、情熱が必要でした。

ランボルギーニ?
子供のオモチャみたいなもんだろ、、、
そんなセリフを吐く位の男だけしか手に入れられないもの
だから現代の誰もがお金をディーラーに持っていけば、
セールスが腰を低くして出迎える、
そういう時代、そういう車では無かったわけです。

事実、第一号車は、原宿の正に一等地を所有していた
「安田 銀二さん」
彼は己晴さんなどと同期で、
ジャガーEタイプなどで「レース遊び」をしていた位の超がつく金持ち。
今回のYさんもカウンタックの前には「ミウラSV」を乗り回し
新宿、千葉で数件のキャバレーを経営しておりました。
歌舞伎町のお店は在籍したタレントが100名を超えたそう。
しかし純朴な人柄で私は直ぐに親しくなりました。
納車したのは76年の秋頃、
その頃に例のブームが少しずつ日本全国に浸透し始めており
カウンタックも子供たちのヒーローになりつつありました。
その後は皆さんもよくご存じのとおり。

ところが人生も商売も順風満帆とはなかなか行きません。
スーパーカーブームがあっという間に過ぎ去ると、
会社のショールームにあれほど駆け付けていた子供達の姿も消え
会社の経営も厳しさを増しました。
元々ただの平屋の地べたに車を並べる程度の商売であったのに
突然そこへ10階建ての自社ビルを建てるとは、
もし まともな経営コンサルタントでもついていたら絶対に反対されていたはず
その意味は新社屋を建てた時から経営は綱渡り、
やはり人間には分相応の生活 手掛ける商売の規模、
また将来を見据える賢い判断力
これらが無いと必ずと言って良いほど「いつか倒れる」
会社組織で言えば「倒産する」
これを私もシーサイドで身を持って体験しました。

図らずもYさんも無理な経営規模の拡大が裏目に出て、
しかも景気は低迷、
こらえきれずに趣味の車、「カウンタック」を手放すことになりました。
シーサイドが潰れる前年1979年頃です。
まだ走行距離は2000キロでした。
さぞかし無念だったと思い、今回尋ねたところ、
「いやそうでもない、むしろ商売をどうするかで頭が一杯だった」と。
やはり趣味の車という物、人生の励みにもなり、失くすと寂しさを感じる
その人の人生を綾どる大切なものの様に思います。

貴方にとって自分の人生に大きな影響を与えた人、或いは物はありますか?
私はそれが当社で扱う車であったなら、非常に嬉しく思います。

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その後、この3号車は私が3人のオーナー全てを扱い、
現在は、埼玉の三郷で塗装業を営む、関口さんが
5人目のオーナーとして所有しています。
奇しくも彼は私の出た葛飾の中学校の後輩です。
人生いろいろ、車の変遷もいろいろです。
私はYさんがお元気で、私を訪ねてくれた事がとても嬉しく思いました。





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