どうでも良い話。

眼瞼下垂  (がんけんかすい)

と言っても40代では分からないよね。
簡単に言うと瞼の上側の脂肪部分が垂れ下がってくること。
そうなると、目玉の半分くらいを覆う形になり、印象が悪い。
私は生まれた時から眼は一重だが、それを二重にしたかったわけではない。
ただ、眼を左右方向に振った時に端が見えずらいので
治そうと思ってはいた。
たまたま、それを専門に治療してくれる眼科医が近くに見つかったので
診察を受け、瞼の切開手術を昨日行った。
炭酸ガスレーザーで切るのだが、痛みも腫れも殆どなく時間は20分くらい。
でも一晩明けて眼帯を外し、鏡を見たら
ビックリするくらい二重になっていた。笑い。
出来るだけ自然に見えるようにしてくれとお願いしたのだが。

なので、前の私の顔を覚えている方が見たら、
眼の印象が違うねと、驚かれるだろうがそういう事なのでご理解を。

まだ、写真で見せられる状態ではないので、もうしばらくしてから公開する。
以上、どうでも良い話。

カウンタックの話題 その3

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皆さんおはようございます。
上の写真は当時、
世界でも最高峰のスポーツカー、フェラーリ365BB、
そしてカウンタックLP400の2ショットです。
場所は横浜本牧ふ頭のコンテナーヤード
後方、オレンジのカウンタックは日本上陸3号車。

私が新車から今のオーナーに至るまで、全て手を染めた個体です。
ミラーを見て下さい、
ビタローニの大きな四角い物を後付けしています。
このミラーはかなり視認性が良かった。
なので、手前のBBにもそれを付けていますね。
この写真自体、撮影したのが1977年頃。

さて、今日のお話はこれよりもう少し後、
1988年頃のこと。
カウンタックは初期型がLP400、次に4400S、その次が5000S
その次がクワトロバルブ、最後がアニバーサリーと
実に5回ものモデルチェンジをしております。

その中で、カナダの石油王 ウォルター ウルフ氏が
メーカーにリクエストして作らせた ウルフカウンタックが有名です。
これはベースがLP400 、それをフロントのチンスポイラーを付け
ワイドホイールに変えて、
それをカバーするファイバーのオーバーフェンダーが付いておりました。
もう一つは リヤーのトランクに載せた でかいウィング。
一目で分かる大きな特徴でした。

当時、東京の目黒にあった「オートロマン」がこの車を輸入し、
私も運転させてもらいました。
F1 用みたいなごく小さなステアリングが付いていましたが、
エンジンがメチャ重く、全く加速しない
それでも角川映画の「蘇る金狼」で主人公が買って、
早朝の銀座を走るシーンが話題になりました。

でも今日の車はそれとは幾分違い、
500Rと呼ばれたモデルです。
この車は私がシーサイドで営業職として波に乗ってきた1987年頃
日本にやってきました。
例のブームが落ち着いた頃です。

この車の最大の特徴は、フロントからリヤーにかけての派手なストライプ
とにかく目立ちました。
ただし、走らせたら特別早くは無い。
大体チューニングカーとか、ワンオフもデルとか
性能がノーマルと比べてはるかに良い車は、まず少ないのが現実です。
ターボの後付けとか、スーパーチャージャーとかは別ですが。
例えば、ケーニッヒフェラーリ。
ツインターボの512BBケーニッヒに数回乗りましたが、
こいつは、メチャ早かった。

さて、この500Rと呼ばれたモデル
シーサイドが輸入し、直ぐに名古屋のオーナーへと納車されました。
確か 1978年頃。
数ヶ月して戻ってきたので、再販し今度は千葉のお客様が付きました。

事件はその方から整備で車が戻って来て、
土曜日にショールームに入れた後に起きました。
当時のシーサイドのショールームは、車の出し入れはフロントのドアーだけ。
観音開きのガラスドアーを開けて出し入れするのですが
幅が狭く、面倒な仕事でした。
この時は夕方、車が戻ってきたので、
そのままバックから入れて一番出しやすい場所を与えられました。
今の私なら、セキュリティを考えて、
ショールームの奥に入れて他の車でガードするでしょう。
それでも土曜日だったので、次の日はお休み。
例のブームも終わり、
日曜日にショールームを開放することはもう終わっておりました。
でも念の為にと、
玄関の入り口前に斜めに ベンツの450SEL 6、3 を置きました。

ところが事件は翌日の朝、
私の杉並の安アパートに掛かってきた電話で始まりました。
まだ全然携帯など無い時代です。
電話の主、シーサイドの社長 己晴さんは開口一番!
「鞍ちゃん、車が盗まれたよ、、、」
えっ! と絶句した私は自分の脳が情報を整理するのに数秒かかりました。
確か昨晩は、500Rを入れていたはず
すると予想通り、己晴さんは、カウンタックが無いんだよ、、、
ベンツは? と聞くと
エンジン掛けたまま、向かいのガソリンスタンド脇に捨ててあったと。
それを聞いた私は、ピンと閃きました。
こいつはプロの窃盗団では無いな、と。
プロならば、金目の物は全てさらっていきます。
このベンツ 450SEL 6,3も当時の最高級車。まだAMGが普及する前です。
と言う事は、スーパーカーマニアか、単なる憧れから盗んだのか?
でも待てよ、カギはどうした?
今なら考えられない事ですが、当時シーサイドはショールームに置いてある
車のキーを簡単なケースに入れてカギを掛け、営業のデスクの脇に置いてあったのです。
なので、車を盗んだ彼らは(結果3人組) まずビルの裏手のトイレの窓を壊し
そこからショールームに侵入、
多分金目の物を探して営業のデスクを物色していたら、カギ箱を発見
そこからカウンタックと、表のベンツのカギを見つけた。
次は入り口のガラスドアーのカギの謎です。
最後に出る営業担当と、己晴さんはキーを持っていたのですが
この時何故か、誰かの営業のデスクの引き出しにスペアが入れてあったのです。
事件後、新宿署の刑事に聞いた話。

あとは簡単ですよね、
まずベンツをどかし、道路の反対側にぶん投げ、
ショールームのドアーを開けて、カウンタックに火を入れておさらば。
そう、私の読み通り、こいつらはプロの窃盗団ではなく、
チンピラの暴走族、
外車のショールームに入れば何か金目のものがあるだろう、、、、
そうしたら、思わずデカい獲物を見つけたと。
同じく、新宿署の刑事に聞いたら
この3人の中に主犯格のボスがいて
こいつがスーパーカー大好き(笑)
なので、売って金に換えるとかでなく、単純にこいつを走らせてみたかった。
それで盗んだと。
確かにこの手の車を金に換えるのは、プロでも難しい事。
ましてや、世界に一台しかない限定車ではなおさらです。
これがこのストーリーの序章です。

以前にもこの車をこのブログで紹介していますので、ご覧ください

何故365BBがアイコンなのか?

皆さんおはようございます。

時代と共に人々の生活も変わり、それに伴う道具も変わります。
例えば「自動車」
今から40年前、
日本車も、外車も殆どキャブレターが付いていた。
フェラーリも例外ではありません。
12気筒で言えば初のインジェクションは4シーターの400、
ミッドシップでは1980年に登場した512BB インジェクション
これが初めてです。
この512の元祖が今回お話しする365BB
1973年ヨーロッパのモーターショーでコンセプトモデルが発表され
1974年から生産が始まりました。

フェラーリの12気筒フラッグシップモデルはこれ以前 365GTB/4 ディトナ
これが務めておりました。
どこが違うのか?

1 フロントエンジンからミッドシップ搭載に転換
  それに伴いミッションも設計変更し、エンジンと一体化させ、上下のダブル搭載にした。

2 エンジンをV型から水平対向180度に変更 ここからテスタロッサが終わる
  1994年まで 実に20年間もこの方式を採用した。

3 キャブレターをウエーバー ツインチョークからトリプルチョークへ変更
  ちなみに、このトリプルキャブは、ポルシェの一部と、ランボルのミウラ、このBBだけ。

4 空気力学を使い、風洞実験でデザインを決定 これがフェラーリ初

5 屋内のデザインもかなりモダンに。

6 メーターを全て電気式にした。しかもメーターの照明は初のオレンジ
  夜間の走行では 近未来の車のように見えた。

ざっとあげましたが、デイトナがクラシックフェラーリとすれば、
BBはそれまでの全てを一新した、
新しい時代のスポーツカーのトップに君臨するモデルとして開発されました。
コンセプト的には当然、最初の365BBがその後の512BBよりも
集中してフェラーリの設計人の熱意が込められています。
それは、最高の性能を求め、最高のコンセプトを表す
その熱意です。

幸い私はシーサイドモーターに1974年に入社したので、
この365BBの日本初上陸した個体から、512BBキャブ、512インジェクション
まで全てのBBシリーズを新車から経験することが出来ました。
365BBにおいては、新車5台、その後入荷した中古10数台合わせて
20台くらいの個体と対面し走らせました。
1974年から1980年までのシーサイドの在籍時代に。

なので、日本で一番365BBを知る男と言って過言ではありません。
そして一番大事なのがその評価
答えは、「最高のスポーツカー」
この一言です。
エンジン、足回り、ブレーキ、ミッション、とにかく走りは最高!
私の長年のお付き合の「池澤さん」が
この車となら死んでも良いと、
名セリフを残したのもこの車です。

但し、ファーストモデルにつきものの初期トラブルも多々ありました。
なので、フェラーリ社は、よりイージーに乗れる512BBにモデルチェンジし
最終的にはインジェクションにまで設計変更したのです。
なので、もしこの365BBを自分の車として購入するのなら
完璧に内容を把握している専門家が必要です。
日本国内には私一人です。オーバーではなく。
是非、当社をお訪ね下さい。
より詳しく、現車をみながら教えます。

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販売車両の情報はこちらです。


DeNAの負けた理由

皆さんおはようございます。

プロ野球日本シリーズは、
誠に残念な終わり方になってしまいました。
ご覧になっていた方はお判りでしょうが、
第6戦も終始DeNAが試合をリード
勿論、先発のピッチャー今永が気合い充分に投げたから
何しろ、6回までホームランを1回打たれた後は、
ノーヒットピッチング、最高の出来でした。

では何故負けたのか、しかも1点差で勝っていたのに
この1点差のビハインドがこの試合のポイントです。
5回表、白崎のホームラン、ロペスが適時進塁打を放って、3対1に勝ち越した。
それを継投の砂田がボテボテのゴロの処理で
3塁ランナーをみすみす返してしまった。これが敗因の一つ
これで3対2.
次は9回の裏
守護神、山崎君の登場。
DeNAファンは必ず押さえてくれるだろうと総立ち。
点差は1点、
ホームランを打たれれば同点
きっと山崎君の頭にもその事がよぎったはず。
バッターは、元横浜にも在籍していた内川
この男は顔からして「しぶとい、」
私が言う「泥臭い顔」
DeNAの筒香が武士としたら、内川は百姓
ところがソフトバンクのメンバーは、殆どが「百姓顔」
戦国時代でもそうですが、
「米一揆」にもみられるように集団の結束力が強い
なんとかチームに貢献したい、
個々にその表情が見てとれました。
かたや、DeNAは三振しても淡々とベンチに戻る
そいつを誰もねぎらわない。
つまり個人プレー
勝敗の差はそんなところに表れる
私も経営者として学びました。

つまりベンチのムードが試合の流れにも大きな影響を与える
個々のチカラには限界があるし、失敗もする
けれど集団で補えば個々よりも、もっと強い力が沸くということ。
なので、山崎君を責めるより、内川の「根性を」褒めるべき
私はそう思います。
事実、その後の延長戦では押さえの切り札
サファテが9、10、11と3回も登板した
これぞチームに対する責任感でしょう。
この場面、仮に山崎君も同じように回を重ねていたら?
当然DeNAのバッターもなんとか山崎を助けようと
必死になったのではないでしょうか?

”自己犠牲、責任感” このワードは戦国時代の歴史を見ると
至る所に出てきます。
それをソフトバンクの外国人投手が実践して
日本人の山崎君がベンチで眺めているだけ、
これで勝負ありと私は思いました。

DeNAのラミレス監督は選手を駒として使う、
ソフトバンクの工藤監督は選手を人として使う
この違いですね。
人生はいたるところに学びがあります。

諦めることは負けを認める事

皆さんおはようございます。

昨日の日本シリーズは久々に手に汗を握りました。
キャステルの工場は開催地 横浜球場の目と鼻の先です。
なので、大きな声援と歓声が十分に伝わってきます。
私はテレビ観戦でしたが、それでも大きな声援を送りたくなるほど
試合はシーソーゲームで見ごたえがありました。
勿論戦いは勝負、結果が全てです。
昨日の試合でもDNAの勝ち越し点は、相手の野手がゴロをさばこうとして
ダブルプレーをあせり、ボールを転がしてしまったから。
ほんの些細な事があとあと大きな結果として表れてしまいます。

勿論主役は4番 筒香、
彼のホームランから目覚めた打線が勝利を呼び込みました。
昨日の試合を見て思ったこと
最後の最後まで諦めてはいけない。
勝負の世界においては「諦める」は禁句です。
我々平凡な日常を送る人間にとっても、それは同じ。
プロ野球選手なら試合に勝つ
チームとして、個人として。
普通の社会人にすれば
目標を立てて、それの到達に向けて努力する
どちらも難しさは同じ
諦めないことがキーワードになります。
③連敗のあと2連勝
次は敵地福岡ですが、健闘を願いたいものです。
次の試合に勝てば、3対3
流れはDNAに行くのではないでしょうか?

次はお仕事のお話し。
フェラーリと言う会社
今まで数々の名車を産んできました。
その中でも歴史の転換期に作られた車、
それは1968年に発表された、フロントエンジン12気筒のラストモデル
365GTB/4 (ディトナ)
その後継車として、1973年に発表された
フェラーリ初のミッドシップエンジン搭載の
365GT/4 BB (ベルリネッタボクサー 通称 BB)
この2台はフェラーリ社のアイコンとして誰もが評価しています。

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今回、当社で長年にわたり面倒をみてきた
1974年の後期型 365BBを販売することになりました。
大きなレストアを受けてはいませんが、
現状でよく走り、良く止まり、またデザインが美しく
正にコレクターアイテムです。
勿論、新車時のようなコンデションにすることも全く問題ありません。
是非お問合せ下さい。
わずか、380台のみしか世界に存在しないレアーなモデルです。
コンデションは私が保証します。
是非検討ください。
なかなか市場には出て来ません。
現車の確認をなさりたい方は
事前にフロントまでアポをお取りください。

045-663-4660
しのもとまで。


プロフィール

Castelauto

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