人間生きていれば色んなこともあるよ。

皆さんおはようございます。

いよいよ師走、この「師」とは先生では無く、寺の坊主の事なんですね。
このカウンタック事件は、すでにもう40年も前のこと。
この時の犯人が20歳代としても、既に60過ぎという事。
年月の経つのは本当に早いものです。
なので、走り去るカウンタックに勇気をもって飛び乗ってくれた
細野 輝ちゃんも現在68歳。その時は28歳だったわけです。
最近もよく会っていますが、
お互い元気で何よりと健康オタクの話が多い。

さて、40年前の新宿、しかも日曜日の夜。。
今と変わらず、賑やかでした。
新宿の大ガードを抜け、青梅街道へと続くこの道は片側3車線、
かなりは幅の広い道路でした。
勿論、幹線道路ですから夜間でも交通量は多いわけです。

するとカウンタックLP500Rは、
中央車線ギリギリを物凄い加速で逃げていこうとしています。
この時もし犯人が後ろを見る為、ルームミラーを見たら
其処には必死でしがみつく輝ちゃんの顔が大アップで、、、、
笑ってはいけない話ですが、その時の心境を犯人に聞いてみたいです。

置いてきぼりにされた私は一瞬呆然としましたが、
直ぐに気を取り直し、輝ちゃんのロータスヨーロッパに乗り込みました。
ところが乗ったまでは良かったのですが、何しろ狭い、、、
しかも足元のペダル類が極端にくっついていて、
どこがクラッチか、どれがブレーキか分からないほど。
でも一応エンジンはかかったままだったので、
ギヤーシフトを1速に入れて動かそうとしました。
ところがその1速が分からない?
かなりぐにゃぐにゃで手間取りました。
多分2速か、3速発信だったと思います。

けれど軽いこの車は動き始め、私もアクセル全開で踏みました。
ところが既にカウンタックは闇に消えて、見当たりません。
200メートルほど進んだところが新宿市役所の信号なのですが
その前を見渡しても影も形もありません。
私は仕方ないので、そこを右折する賭けに出ました。
もしこの時、私が犯人であったらそのまま直進していたと思います。
その方が全然流れがスムースだったから。

しかしそういう時、罪を犯している人間は狭い所へ隠れようとするらしい。
結果曲がった時、先の方に輝ちゃんを乗せたカウンタックが
路地を左折しようとしているのが微かに見えました。
この道は今もそうですが周りが飲食の店、クラブなどが並んでおり
タクシーが客待ちで並んでいるので、かなり混んでいるのです。
事実ロータスの前にも5~6台のタクシーが停まっておりました。
私はとっさの判断でロータスを道端に寄せて車を降りました。
走った方が早いと判断したのです。

するとカウンタックが曲がった先には同じようにタクシーが並んでおり
前がつかえて止まっていた黒いカウンタックが見えました。
するとやにわに、犯人は「スイングドアー」を開けて降りて逃げようとしました。
その時すでに輝ちゃんは車から降りてフロントガラスを叩き、
降りてこいと叫んでいました。
犯人はドアーを開けて逃げようとしています。
ここで逃がしたら万事休す、
私も加勢して犯人をねじ伏せようとしました。
結構大柄な男だったように覚えています。
すると近くで見ていた人が喧嘩していると思い、110番通報をしたようです。
50メートル先の交番から数人の警官が走って来て、
その犯人は逮捕されました。

その後、車を証拠物件として新宿署に運転して運び、
事情聴取が終わったのは明け方の5時頃でした。
今思えばよく捕まえたなと思います。
勿論、輝ちゃんの勇気ある行動無くしては不可能でした。
30万円を差し上げたのは言うまでもありません。
「為せば成る、為さねばならぬ何事も」
言うのは簡単ですが、日常の生活に於いて、
どんな簡単な事でも続けて行う、諦めない、常にモチベーションを高く持つ
これらは結構しんどい事です。
自問自答してみましょう。
その先には必ず「光」があるはずです。

信じるものは救われる

皆さんおはようございます。

人は長く生きていると、思わぬアクシデントに見舞われることもあり
更に、病気、周りの不幸とか人智では避けられない事も多々あります。
つまり「喜びよりも」 「悲しみや苦しみのほうが」 数が多い。
これが実情でしょう。
だから人間のチカラでは逆らえない「神様」に頼ろうとする。

私の場合、66年生きて来て何度か「神様」との接点はありました。
友人が入信を勧める、親類が信者等
逆に言えば、それらに頼らずともなんとか生きてこられた、
つまり自分自身のマインドが自分の神であると、、
これが正しいかどうかは他人の判断です。
イスラム過激派だって、自分達が正しいと思ってテロなどを企てるわけです。
けれど誰に頼ろうが、最後は自分自身が決める事。
この原則を忘れてはなりません。

このカウンタック事件の時も原宿で情報を聴いた時点で警察に通報するべきで
あったかもしれません。
パトカーの数も我々の何十倍も多いわけですし、
ただ、「自分のやれることをやってみて、ダメなら他人に頼る」
この考えが私の原点です。
つまりは自分のチカラを信じ、自分の運を信じるということ。
その意味で私は「運」が強いのかもしれません。
輝ちゃんのロータスで原宿から新宿に向かい、一旦四谷に向かい
靖国通りを新宿方面にUターンして明治通りの信号で信号待ちをしていたら
「彼」が轟音とともに目の前に現れました。
池袋方面から来た彼は右折して新宿大ガードへ向かおうとしています。
それを見た瞬間、輝ちゃんはものも言わずにロータスのドアーをけ飛ばして
カウンタックに走ると、ドアノブに手をかけ開けようとしました。
しかし犯人も用心深くロックを掛けていて、外からは開きません
驚いた彼はアクセルをふかしてクラッチに動力を入れ
走りだそうとしました。
ここで逃げられたら万事休すです。
すると身が軽い輝ちゃんは驚きの行動に出ました。
なんと逃げるカウンタックの後ろから、しかもデカいウイングを飛び越えて
リヤーのエンジンハウジングに飛び乗ったのです。
今考えるとかなり大胆な行動、普通の人間では無理な発想です
彼の小柄な体形、左右にエンジンルームにエアーを取りいれる
大きな弁当箱のようなエアーダクト
其処を左右の手で摑まえることが出来た、
これ等が振り落とされなかった要因でした。
何しろ、犯人は焦ってフル加速です。
輝ちゃんにも相当のGがかかったと思います。

もし振り落とされていたらかなりな怪我を負ったでしょう。
続く



夜の大捜索

皆さんおはようございます。

日曜日の夜、時間は9時、
ここから大捜索?は始まりました。
とはいっても偶然すれ違う、または見つける可能性は?
砂漠の中に落としたリングを探すくらいの確率でしょう。
もし貴方が私の立場だったら、どう思いますか?
その時、私も警察に連絡して捜索をお願いしょうかと考えました。
まあ、実際はそれが一番有効な手段であったわけですが、
何故か私は自分自身の手で見つけてやると言う決意の方が強かった。
責任感というか、変な自信がありました。

それで私は輝ちゃんのロータスヨーロッパに乗せてもらい
まずは原宿から銀座方向に向かいました。
9時過ぎと言えばまだまだ人も車も沢山いるわけです。
銀座4丁目を起点に、みゆきどおりとか有楽町あたりまで回りましたが
影も形もありません。
仕方なしに今度は新宿方面に向かう事にしました。
無線では他のメンバーからの連絡が入りますが、良い情報はありません。
私と輝ちゃんは靖国通りを北上して、明治通りを左折、
一旦原宿に戻りました。
その時です、無線の交信音がなり、池袋にいた仲間から一時間くらい前に
池袋駅前でカウンタックを見た人がいたと言う情報が入りました。
グッドニュースです!
池袋にいた? 次は何処へ行く?
この犯人が暴走族のチンピラなら、とにかく人に見せびらかしたい、
そう考えるだろう、
あたかも自分の車のように。
それなら次は新宿か、渋谷しかありません。
私は直感で新宿だと思いました。渋谷に比べたら道路のレイアウトが簡単で
走りやすいからです。
私は即座に輝ちゃんに明治通りを新宿に走ってもらい、目を凝らしました。
幾ら派手なカウンタックでも、ボディカラーは「黒」
闇に紛れやすいわけです。

続く。

東京の中から1台を探す?不可能だろう

皆さんおはようございます。

上のタイトル通り、幾ら派手な車であっても広い東京で
1台だけを探すのは現実的に無理と誰もが思いました。
おまけに東京だけとは限らない、
千葉だったら、あるいは埼玉だったら?
そう考えると絶望的です。
けれど、当時の私には何としてでも車を見つける、あるいは見つけてやろう
そういう変な自信がありました。
その為に必要なことは? 1にも2にも行動あるのみです。

私は夕食を終えると、一人で荻窪から電車に乗り
原宿に向かいました。
原宿=輝ちゃん そういうキーワードが閃めいたのです。

原宿には夜の8時頃着きました。
そのころも今と変わらず、若者が沢山たむろしていました。
輝ちゃんを探すと、案のじょう、
駅から明治通りに向かう坂の途中で仲間と座り込んでいます。
前にはピカピカに磨かれたロータスヨーロッパ
彼らはアメリカンカークラブというグループで
週末やら日曜日に7~8台で集まって走りに行ったり、
ナンパしたりしていたのです。

私は早速、挨拶もそこそこに、今朝の事件を話しました。
そうしたらビンゴ!!!
予想は的中、昼間この坂を往復しながらガンガン走っていたよ 
どんな奴が乗ってた?
なんか暴走族風のあんちゃん、みたいだった。
私は自分の予想がこんなにも的中するとはと驚きましたが
現実は意外とこんなものです。
ただ問題は、彼らが目撃していたのはその日の昼間。
シーサイドから盗んできたのが、早朝の時間
なので、かなりの時間彼ら、あるいは彼は乗り回していたことになります。
いい加減飽きてどこか地元にでも帰ったんじゃないか?
そう思いましたが、私は一縷の望みをかけて車を探すことにしました。
考えるより行動です。
ただやみくもに探すと言っても限界があります。
まだその頃は携帯も全く存在していない時代です。(1978年)
でも上手い具合に彼らは仲間同士で連絡を取り合う手段として
自動車無線を使っておりました。
たまにトラックで見かける、長いアンテナのあれです。
なので、私は直ぐに独断でカウンタックを見つけた人には賞金30万円を支払うと
言いました。 現在の貨幣価値で100万です。
そう言ったら彼らは喜んでナンパしているより面白い、と直ぐに協力すると言ってくれました。

そんなわけで無線で仲間にも事件の情報を伝え、
現場の7台と、仲間のその他10台以上が捜索に加わることになりました。
作戦会議を開き、繁華街を等分に分け、
原宿、青山グループ
銀座グループ
新宿グループ
渋谷グループ
池袋グループ
と言う風に分けました。その方が確立が高いと思ったからです。

時間は既に夜の9時過ぎ、
犯人は既に地元に帰っている可能性が高い
そう思いましたが、やれることをやる、するべきことをする
これが今も変わらぬ私の訓戒です。
そうして、夜の走査線ならぬ、夜の大捜索が幕を開けました。

髪の毛の黒いのが3年前の輝ちゃん
CIMG7929.jpg
これが今年の輝ちゃん
髪が白い? 前は染めていたそう。
P1120266.jpg




つづく




カウンタック LP500R

皆さんおはようございます。

先日、ショールームからカウンタック500Rが盗まれた時の話をしました。
この時、この車は既にオーナーがいて、整備で預かっていたわけです。
しかもそのオーナーが千葉の堅気では無い人。
なので、己晴さんも私も何とか探そうとは思いましたが、
何も手掛かりが在りません。
警察の捜査も単純な強盗事件として実況見分を一通りやっただけ。
警察からしてみれば、トヨタのカローラが盗まれても、何千万のスーパーカーが
盗まれても車一台には違いないだろう、、、と。
なので昼前に捜査員は帰っていきました。

私は当時、営業の責任者という立場に居りましたので、
日曜でしたが他の営業部員を呼び集めました。
人数がいれば探すにも有利になるかとの思いです。
けれど私の希望とは裏腹に集まってはみたものの、
大したアイデアも出ず、無駄でした。

当時私の考えは、
1、頭の良い奴なら、とりあえず車をどこか目立たない場所に隠す
  その後、転売目的で買主を探す
2、単純に盗んだ奴らが「暴走族上がりのチンピラなら」 その日は日曜と言う事もあり
  どこか繁華街に乗り出して走り回る。
このどちらかではないかと考えました。
とは言っても、繁華街? 横浜に大した所は無い、
ならば東京か?
若者が集まって、遊ぶ場所?
新宿、渋谷、池袋、 穴場としては原宿の表参道
いずれにしても広すぎて探すことは不可能に思えました。
そんな話をしているうちに、もう夕方になりました。

己晴さんも半分あきらめ顔です。
当時私は東京の荻窪の安アパートに住んでおりました。
車で帰り、軽く夕飯を食べて午後7時
私はふと友人の「細野テルちゃん」の事を思いだしました。
彼は私がシーサイドに入った頃からの友人で、
ロータスヨーロッパを風呂屋のペンキ画の営業で稼ぎ、
新車をアトランチックで買った努力の人です。
但し、裏の顔があり「女をナンパするのが大好き」
当時まだ若かったから仕方ありません。(28歳ころ)
その手口が巧妙で、仲間と集団で原宿の表参道の入り口付近に車を並べ
歩いて通る若い子に片っ端から声をかけると言うものでした。
数撃ちゃ当たるという理屈です。

続く。
プロフィール

Castelauto

Author:Castelauto
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